討鬼伝

□誰も知らない
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柊の様子がおかしい……

そう、初穂より相談された。
元より、ぼんやりとした印象が強い妹分は、任務中でも相変わらずぼんやりとする事が多い。
だが、彼女の話ではいつも以上にぼんやりとしているらしい。


「この前なんて、ガキに背後を取られて、襲われそうになったんだから!」


そう主張されれば、流石の伊月も困惑した。
初穂だけかと思えば、任務に同行した桜花、那木、富嶽と熟練組にまで指摘され、これは不味いなと思う。
取り敢えず、これ以上被害を出さない為にも、早急に彼女と話をすべきだろう。
そう思い、任務帰りの急ぎ足で本部へと戻れば、案の定目的の人物は任務表を片手にぼんやりと考え事をしていた。


「木綿!」

「あ、伊月さん……」


こんにちは、と少しだけ頼りなさげな声で木綿が笑う。
その視線の先には、未だにこちらに気が付かない柊の姿。


「………いつからだ?」

「もう一刻程、こうして任務表を見つめたままなんです」


どうしたんでしょう、と木綿が柊を見る。
普段の彼女ならば、木綿が処理するのが大変なほどにスラスラと任務を口にする筈だ。
それなのに、今はどれにするか迷っている。
いや、全く頭に入ってないが正しいのだろう。
はぁ、と伊月はため息を一つ洩らすと、彼女の手から任務表を取り上げる。
あ、と柊の唇から吐息が漏れた。


「いつまで、そうして見てるつもりだ?」

「伊月………?いつ、帰ったの?」

「少し前だ。お前、これをずっと見てた、他の奴らが任務を決めらねぇだろ?木綿だって困ってるじゃないか」

「あ………ごめん、なさい」


やっと、自分がしていた事を理解したのか、柊はシュンと頭を下げて、木綿に謝る。


「あ、いいんですよ柊さん!きっと、日頃の疲れがたまってきたんだと思います。今日は、ゆっくり休んでは?」

「でも………」

「そうしろ。お前の好きなあんみつ、奢ってやるから」


な?と説得する様に言うと、不本意ながらも柊はコクリと小さくうなずいた。


「柊は俺があずかるから。今日は、もう此奴休ませるんで、任務入れないでくださいってお頭にも伝えてもらえるか?」

「承知しました。柊さん、お大事に」

「………うん」


気遣わしげに言う木綿に、柊は目を合わせる事無く掠れ声で頷く。
伊月は淡く苦笑しつつ、木綿に礼を述べると柊の手を引いて本部を後にする。
見慣れてしまった神社、鍛冶屋を抜け、一旦勝手場の方へと向かう。


「すんませ〜ん」

「あら、伊月さん。もうお帰りですか?」

「あぁ〜〜、はい。柊の調子が悪いみたいなんで、今日は少しお休みさせようと思いまして。それで、ですね。あんみつってあります?」

「あ〜〜、柊さんの大好物でしたよね?はい、ありますよ」


丁度、作り置きが一つだけ残ってたんです、と勝手場を仕切る女性は、気前よくその一つを伊月へ渡す。
すみません、と愛想よく受け取ると、そのまま一番近い柊の住まいへと戻った。


「きゅぅ?」


早過ぎる主の帰宅に、留守番をしていた胡桃が首を傾げる。
しかし、只ならぬ柊の様子に心配したのか、トテテと彼女の足元へと走り寄る。


「よ、胡桃。ごめんな、お前のご主人は、少し体調が悪いみたいなんだ」

「キュ……キュゥ〜〜〜」


シュン、と耳を下ろし、柊に負担をかけまいと、躊躇いがちに足へとすり寄る。
柊はそんな胡桃を抱き上げると、家の中へと入った。


「………それで?どうしたんだ?」


コトン、と囲炉裏の際にあんみつを置くと、伊月はその場に座る。
柊はただ無言のまま、あんみつの置かれた場所へと座ると、じっと見つめたまま、優しく胡桃を撫でる。

パチパチ、と炭の爆ぜる音が響く以外、部屋に音はしない。
暫しの沈黙後、柊はゆっくりと口を開いた。



「………橘花、嫌、だって」

「何が?」

「神垣ノ……巫女………」


ゆっくりと紡がれた役割に、成程な、と伊月は内心で納得する。

神垣ノ巫女……里を守る要にして、人柱。
里を覆う結界石へと力を流し、里を守護する役割を持つこの役割は、その命を燃やす事によって成立するモノだ。

巫女としての力を見出された者は、その意志に関係なく、霊山にて訓練を受けさせられ、一人の巫女として各里へと赴任させられる。

きっと、彼女も抗う事すら出来ずに、強制的に巫女としての訓練を受けさせられ、こうしてこの里に赴任させられたのだろう。


「……巫女ってのは、感じ方一つで嫌な仕事だろうな」

「でも!私……」

「分かってる………柊にとって、巫女は憧れだもんな」


悲しげに揺れる瞳に、伊月は優しい言葉をかけて、そっとその髪を撫でる。
指通りのいい黒髪は、彼女が知らない母親そっくりな絹を思わせる手触り。
年月が過ぎるごとに、彼女はどんどん母親と瓜二つへと変わり………そのせいか、伊月の中で不安がよぎる。


大丈夫……大丈夫……


悪い予感を振り払うように、伊月は心で唱える。


「私が……なれれば、よかった」

「………柊」

「私が……出来損ない、だから……」



絞り出された言葉は、少しだけ湿っぽく響く。
それ以降、柊は口を開かぬまま、あんみつをムクムクと食べ始めた。
匙を持つ手が震えている事に、伊月は無視を決め、ただ彼女が落ち着くまでその髪を撫で続ける事しか出来なかった。























































■□■□■


もう、戌の上刻を過ぎた頃。
伊月は柊を寝かしつけると、静かに彼女の住まいから退場した。
ずっと意気消沈気味だった彼女も、大好物を食べて、胡桃と遊んでいる間に少しずつではあったが元気を取り戻した様子だった。
これなら、明日の任務ではそれほど問題はないのだろう。

ふと、覚えのある気配に、伊月の足が止まる。


「………それで?お前らはどうしたんだ?」

「ひゃうっ!!?」


ビクッと人影が揺れた。
バレてしまったと分かったのだろう、人影は少しだけ躊躇った後、ゆっくりと物陰より顔を出した。

少しだけ申し訳なさそうに出てきたのは、伊月に相談を持ち掛けた初穂と、何故か橘花というあまり見ない組み合わせの二人組だった。


「どうした?こんな夜更けに。夜の外出は、極力控えるのが里の掟だったと思うが?」

「その……柊が心配だったの」

「私も………柊さん、私とお話ししてからずっと悩んでいるご様子でしたので」


正論で叱る伊月に、初穂と橘花はシュンと項垂れる。
多分、木綿から話を聞いたのだろう。
そうやって、彼女の不調を心配してくれる友人がいる、というのはどうにも今までに無かった感覚で………
伊月は、そっかと照れ臭そうに笑った。


「柊には、良い友人が出来てるんだな」

「それで………柊はどうなのよ。やっぱり、何かの病気だったりするの?」

「いや、ちょっと悩み事をしてたみたいだ。今日ゆっくり休ませたし、好物も食わせたから、明日にはいつも通りのふわふわ柊に戻ってる事だろうぜ」

「ふわふわ柊って………」






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