GE

□世界に殺された夜
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現場は騒然としていた。
今回は手段を選ばなかったのだろう。
アナグラ全体が、カンナの誘拐騒動でざわついている。


「すみません、私達がついていながら……」


涙ながらに許しを請うアリサを、誰が責められるのだろう。
大丈夫、と優しく彼女を撫で、カンナの部屋を見渡す。
ボロボロとなったカーテン一式、見る影もなく荒らされたソファーや食器。
これでは、強盗が押し入った後ではないか。


「いきなりだったんだ。なんかダァンて音がしたと思ったら、扉が壊されて、そのまま……」


悔しげに口元を歪めるコウタの頬には、紫色の痣。
多分、激しく抵抗した際に殴られたのだろう。
ソーマは部屋のありさまに、鋭く舌打ちする。
どうして肝心な時に、自分は役に立たないのだろう。
これでは、シオの二の前だ。
悔しさと自分の不甲斐なさでからくる苛立ちが、チリチリと胸を焼く。


「博士に、今カンナの腕輪から出てる発信を追ってもらってる。この通路だと、多分向かう先は……エイジス」


グッと全員の表情は硬くなる。
どうにも、あそこには良くない縁がある様だ。


「ミゥには、カンナの神機の運搬を頼んだ。後から合流できると思う。全員、神機を持ってエイジスに乗り込む。………行くぞ!!」


洸の号令に、全員が素早く頷くと、走り出した。






























☆★☆★


思えば、ここはアーク計画に始まり、リンドウ救出の場でもあった。
神機を手に乗り込んだ彼らが見たのは、床に転がされた少女と、彼女の首筋へ注射器を突き立てた女性、そして互いに睨みあう男女。

男には、左足が綺麗さっぱりなくなっており、変わりに義足らしきモノがぶら下がっている。
その瞳は、どれだけの闇を秘めているのだろうというほど、混沌と濁る。
対する女性は、見覚えのある蒼髪を怒りによって揺蕩わせ、その肩が憤怒に震えている。

あれは……カンナの母親。


「おやおや、どうやら役者となるべき道化師が、全員そろってしまったようだね」


女の背後にいる洸達を視界にいれると、男は楽しげに笑う。
その瞳に映った色は狂気……


「やぁ、人類最後の希望であるGE諸君!!だが、そう呼ばれるのも今日で終わりだろう」

「……そんなモノになった覚えはねぇけどな。取り敢えず、カンナを離せ」


これでもか、と言うほどの殺意を込めて、洸が唸る。
だが、カンナが敵の手にある以上、動く事は出来ない。
それは、月も同じなのだろう。
低い獣の唸りをあげ、男を憎そうに睨みつけている。


「カンナ?……あぁ、このメスアラガミの事かい?それは出来ない相談だね。これには、実験材料を量産してもらう為にも、沢山の子を産んでもらわねば。やっと、この年まで放逐しておいたんだ。仕事はしてもらわねば」


ククッと笑う男に、カンナが脅えた様に目を見開く。
本当に、どうすればそんな腐った考えを思いつくのか。
誰でもいいから、あの男の脳天を破壊してほしい。
それよりも、あの男を黙らせてくれ。
ジリッとソーマの足が数ミリ単位で前へ動く。

おっと、と女性がカンナの髪を掴み、その首筋を見やすく彼らに提示する。


「動かないで。少しでも動けば、この液体をこの化け物に入れるわよ?」


ツプッと皮が破れ、血が滴り出す。
僅かに歪められたカンナの表情に、全員が悔しげに女性を睨んだ。


「さて、月よ。美しくも誇り高きメスアラガミ。この娘の平穏が欲しければ、戻ってこい。そして、私の為にその命を差し出せ」

「……」

「おや?それとも、娘の苦しむ姿がお好みかい?それなら……12年前の様に、この娘を穢してあげよう。さぞ、いい声で啼いてくれるだろうな」


ニタリと嗤う男に嫌悪感だけが募る。
後少し。もう少し前へ出れたなら、チャージクラッシュの攻撃圏内だ。
そこに入れたなら、問答無用で彼奴の脳天をかち割ってやれるのに。

どうすればいい?

頭に血が上ってはいるが、今は無理矢理理性で押し留め、必死に思考する。
隣にいる洸も、必死な表情で打開策を探している様だ。
グッとカンナが唇を咬む。
自分のせいで、仲間も母親も苦しんでいる。

それなら、いっそ……こんな命なんて……

唇から少し出た舌に、グッと歯を立てる。
このまま、舌を咬み切ってしまえ。
震える顎に力を入れようとした時、カンナ!!と名を呼ばれる。
呼んだのは……


「ソー、マ……」

「約束を違えんのか?」

「でも……」

「俺は、もう失いたくない。言っただろ?助ける、と」


強く射抜く彼の視線。
あぁ、そうだ。
弱くなる自分に叱咤し、舌に食い込んでいた歯を緩める。
死んだとして、その後はどうなるんだ。
結局、彼らを……自分を愛していると言ってくれた彼を苦しめるだけだ。
それなら……


「コウタ!!アリサ!!それぞれ、斜め45度左右!!構え!!」

「え?」

「な、斜め?」


カンナの凛とした声に、コウタとアリサが慌てて神機を構える。
グッと自分に刺さる注射器の針。
だが、そんな事どうでもいい。
驚いた様子の月に、カンナは穏やかに微笑んだ。
それは、普段から見慣れた第一部隊隊長としての蒼間カンナ。



「母様、絶対守ってみせます。だって、ずっと私を守って下さいました」


今度は私の番です。
そう微笑み、キッと表情を引き締めた。


「撃てっ!!!」


彼女の声と共に放たれた弾丸。
それは、見事頭上を打ち抜き、虚空へと消える。
まるで、祝砲でも上げるかの景気良い音に、男は引き攣っていた表情に笑みが戻る。



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