GE
□白黒ナイトメア
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記憶が正しければ、ここは自分が適合試験をした広いドームだろう。
室内とは思えない程に天井の高い。
それを見上げつつ、周りへと気を配り、アリサは内部へと入っていった。
そこに鎮座しているのは、巨大な生命ポットと血が固まり切れていない洸の姿。
彼の姿を見た瞬間、喉が引き攣る。
「洸!!?」
「一週間の予定が、馬鹿見たく早いご対面になったな、アリサ」
元気か?なんて呑気に聞いてくるが、その瞳には敵意が未だ殺意となって、ガーランドへ注がれている。
それよりも、彼の怪我の方が今は何よりも心配だ。
酷い怪我には見えないが、痣や小さな傷からの出血だって無視はできない。
彼の元へと向かおうとした瞬間、自分を挟むようにしていた新型使い達が、アリサへ神機の刃を向けた。
それに従い、アリサの足も止まる。
「せっかちですね、ミス・アリサ?」
「……お目当ては手に入ったんだろ?アリサは解放しろ」
「おやおや……彼女は別の人質ですよ」
低く唸る洸の声にも動じる事なく、ガーランドは笑みを浮かべる。
別の人質……
その言葉に、アリサの背筋が凍る。
「さて、考えて頂けましたか?九条洸君」
「さぁて、どうだったかね」
ハンッと鼻で笑う洸。
だが、次の瞬間彼の横を固めていた新型使いが、手に持つ神機で彼を殴りつけた。
ガンッと鈍い音と、アリサの小さな悲鳴が空間に木霊する。
地面へと倒れた彼に、ガーランドは肩を竦めるとカツンッカツンッ、と足音を鳴らし、近付くとその髪を掴み、無理矢理上を向かせる様に引っ張り起こす。
「自分の立場が分かっていませんか?九条君。君に与えられた答えは“Yes”のみだという事を」
「その為に、極東から態々誰かを連れてこさせたのか?」
「本当であれば、ミス・カンナにお願いしたかったのですが……人間では貴方が最強のGEですから、役不足ではありませんよ。何しろ、あの英雄『蒼間カンナ』の従兄弟ですからね」
英雄……
確かに、アーク計画を阻止し、アラガミ化した雨宮リンドウを救出した彼女を、周りはそう思っているだろう。
ギリッと洸が奥歯を噛み締める。
「英雄、英雄……」
「はい?」
「てめぇの腐った脳みそじゃ、その程度でしか彼奴を見れねぇよな!!カンナは英雄なんかじゃない!!彼奴は、俺達の元隊長で、今は榊博士の助手研究員だ!!勝手な妄想を、彼奴に擦り付けてんじゃなぇよ!!」
今にも噛み付きそうな程の凶悪な声が吼える。
英雄、などと呼ばれる事を従姉妹は喜びはしなかった。
それは、自分達だって同じ。
確かに彼女が成しえた事は、英雄と称賛されるに値するだろう。
だが、蒼間カンナは自分と同い年の少女だ。
膨らんでいく英雄像を押し付けられ、何度となくその重圧を耐える姿は、同じ仲間として、そして家族として痛々しいと思った。
それだと言うのに……
噛み締めすぎた奥歯が、音を立てて軋む。
強い殺意を秘めた彼の瞳に、ガーランドは薄く嗤う程度。
その余裕が崩れる事はない。
「妄想、ですか。確かにそうですね、あんなアラガミと共に生きるだなんて、ねぇ?」
「……そのアラガミってのは、てめぇの兄貴の息子だろ?」
「えぇ。全く……出来の悪い兄を持つと、本当に苦労しますよ。しかも、あんな蛮族を残して死ぬなんて、恥さらしもいいところだ」
「そうかい、そうかい。俺としては、てめぇがアラガミの餌になってない事が恥さらしで、残念だよ」
ククッと洸が喉で笑う。
憎まれ口には憎まれ口を、といった所だろう。
だが、相手はそれに意を返さず、彼から手を離すと、愛おしそうに生命ポットを撫でる。
「これは、私が丹精込めて作り上げた人工アラガミ。強制進化を利用してね。その研究も最終段階に突入した……。私の理論が正しければ、同じ人口アラガミであるアルダノーヴァのコアを捕食すれば、究極の新種が誕生する筈です。全てを貪欲に捕食し、アラガミ装甲も防壁も食い破る最強兵器…………その名も“フェンリル”」
「フェン、リル……?」
「この子は新たな秩序を総べる神となるのです。そして、私は各支部の軍事力を遥かに凌ぐ兵器を手に入れた事になる。……この子が目覚めた暁には、九条君。君がこの子を従える存在として、私への忠誠を誓って頂きます」
簡単な事でしょう、とガーランドが微笑む。
何が簡単なのだろう、とアリサは茫然とした。
この男は、洸を利用して彼を兵器にしようとしているのだ。
「ふざけないで下さい……」
声が怒りで震える。
今まで、ずっと一緒に戦ってきた。
それは、いつだって自分達がGEとして、沢山の人々を助けたいと願い、それを誇りにしてきたからだ。
その誇りを……彼の信念を、この男は自分の野望の為に穢そうとしている。
それが、許せない……
「それのどこが新たな秩序ですか!!?人間同士の殺し合いじゃないですか!!?それのどこに平和があるというのです!!?」
「世界は統一されるのです。この本部を中心として、ね。もうアラガミに脅えて暮らす必要はない。それを平和と言わず、なんと言います?」
「アラガミに脅えるのも、人間に脅えるのも、考えは一緒だ。そんな世界で、自分は神にでもなるつもりか?ハンッ!!中二病は、早々に卒業しろよ、おっさん」
その瞳に、協力する意思はない。
ガーランドはやれやれ、と残念そうに肩を竦めると、隣にいた新型へと持っていたコアを渡す。
「これを、水槽へ撃ち込みなさい」
「はい」
彼の指示に従い、渡された新型はコアを装填する。
その瞬間、洸とアリサの表情へ緊張が走った。
「おい!!何して……」
「最後のチャンスですよ、九条君。私は、フェンリルを起こした後、まず………ミス・アリサを生贄とします」
「な……」
絶句した。
この男は、今なんと言った?
表情を引き攣らせる洸に、ガーランドの笑みが一層濃さを増す。
「既に、何名ものアーサソールが各支部へと潜入しています。彼らはフェンリルが誕生したと同時に、アラガミ達を使って、住居区と支部を壊滅させるでしょう。……ですが、九条君。君が私への絶対服従を選ぶのであれば、彼女と君の故郷は例外として助けてあげなくもありません」
どうですか?、と浮かぶ笑みは狂気。
その現状に、アリサはゾッとした。
この男は、どれだけの犠牲を彼に払わせるつもりなのだろう。
このまま黙っていれば、自分は彼の重荷にしかならない。
それなら……
神機を握る手に力を込める。
大丈夫……自分の誇りは穢される事になろうとも……
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