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□意味を持たぬ君へ
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本部から連れ帰ったはいいが、どうするつもりなのだろう。
ソーマはもう見慣れてしまった研究室の壁に寄りかかりながら、彼らの話に耳を傾ける。
アラガミとの共存を望む彼ならば、あの小さなアラガミをどうこうしようとは思わないだろう。
それに、彼の助手を務める彼女も、それを許さない筈だ。
実際の所、問題としているのは、自分の足元で行儀よく座っているこの犬を、どうするか、なのだ。
「一週間に一回は、ここへ連れてきてもらって検査し、その結果を本部へ報告しないと上も納得しないだろうね」
「そうですね。人工的に作られたとはいえ、この子はアラガミですから……」
そう、この犬こそが元を正せば、ガーランド・シックザールが作り上げた全てを喰らう神……フェンリル。
だが、その威厳は当の昔に壊され、現在は大人しい礼儀ある子犬でしかない。
……犬にしては、危ない存在だが。
「取り敢えず、アナグラ内には私から理由を話しておこう。その方が、皆も納得しやすいだろうからね」
「お願いします、博士」
「それで……この子の世話をどうするか、なんだが………」
ここへは置けないよ?と榊が苦笑する。
現在は支部長代理を兼任している彼は、その持前の多忙さと逃走により、生き物を飼えるとは期待できない。
下手をすれば、餓死した死体が拝めるやもしれない。
……それ以前に、アラガミは餓死するのだろうか?
えっと……と、カンナが控えめにソーマを見る。
「私がお世話しようと思いますが……いいですか?ソーマ」
何故、自分にふる。
だが、よくよく考えれば彼女の部屋への出入りが一番多いのはソーマだ。
次に従兄弟である洸だろうが、それとこれとでは彼女へ会いに来た理由が違う。
つまり、同居人を増やしても怒らないか。
そう彼女は聞きたいのだろう。
確かに、彼女の部屋にこの犬がいる、となれば色々と問題がある。
あれとか、あれとか、あれとか……
しかし、断ればどうなるだろう。
きっと、カンナは困り果てた顔で一人悩むに違いない。
流石に、アラガミを第一部隊の面々に育ててほしい等とは頼めないのだから。
「……家主はお前だろ?なら、お前の好きにしていい」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
彼の言葉に、カンナはパァッと表情を綻ばせると、大人しく鎮座していた子犬を抱き上げる。
話しの内容が分かっているのか、いないのか、子犬は「がう」と一泣きして、カンナへと擦り寄った。
その姿が微笑ましいと思うが、少し妬ましいと思う事は内緒である。
言えば、どこぞの地獄耳を持った男にからかわれかねない。
そして、自分の目の前でニヤニヤ笑っている養父も。
「博士、一応第一部隊の皆には合わせておきたいのですが」
「構わないよ。本部へ報告してある責任者は第一部隊だからね」
いつのまに、とは聞かない。
榊という男は、そう言った事には抜け目がない事を一番理解しているのは自分だ。
行きましょう、と笑む彼女に、ソーマは小さく溜息を漏らした。
☆★☆★
「後ほど、正式な辞令が出るとは思いますが……第一部隊で預かる事となりました、人工アラガミのフェンリル種です」
流石に、他の部隊の目に晒す訳にもいかず、端末での連絡で一同はカンナの部屋へと集まっていた。
本部へ乗り込んでいった洸とアリサは、事情を把握している為、あまり驚いた様子はなかったが、彼女の逆鱗モードの際、極東にて駆除活動をさせられていたメンバーからすれば、目が飛び出す程の衝撃だろう。
現に、コウタが表情を引き攣らせながら、カンナが抱き上げた子犬を凝視しているのだから。
「アラガミ化した俺に続き、遂にアラガミ本体まで入隊か……」
思う所があるらしいリンドウが、しみじみを呟く。
最近、この部隊のアラガミ率が高い事には、今回は触れないでおこう。
「が、害はないの?」
「きちんと人の言葉を理解出来ていますので、大丈夫だと思います。基本的には、この部屋から出さない予定ですが……きちんとこの子に知識がある事を立証出来次第、エントランスなどでの活動も認めてもらおうか、と思っています」
最初の内から、エントランスなどの人通りが多い場所は避けるべきだ。
そう考えたのは、ソーマだ。
この子犬がアラガミである以上、周りからの偏見も強い。
なにより、この職場はアラガミを討伐する為の場所。
そこにアラガミがいる、となれば、気分がいいものではない。
それに関しては、カンナも同意見だったのだろう、彼女はあっさりと彼の話に頷き、きちんと段階を踏んでから、という事で、話がまとまっている。
「……カンナが育てるのか?」
「その予定だけど……洸ちゃんは反対?」
「そりゃ、なぁ。俺がというより、ソーマの肩身が狭くなるだろ?」
なっ、と話を振られるが、答える気はない。
振り向かれた彼の顔が、これはいいネタだ、とでも言いたげな程にやけているのだから。
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