頂き物

□口安易に迷ってはいけないし、絶対に安心してはいけない世界。
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時が止まったかのような、静寂の中。
戦場を、嫌な風が駆けていく。
血生臭い匂いを辺りに撒き散らし、風は澄まし顔で天高く消えていった。

屍を無造作に踏みつけ、天を仰ぐ一人の男。
頭から真っ赤に染まり、男の特徴である筈の白髪は僅かに色を残すのみ。
厚い雲の隙間から光がさして、何本かの輝く帯が地に降り注いだ。
男は、周囲を数十という天人に囲まれているのに動じることなく。その光を全身に浴びていた。
死を恐れていないように思えた。





「白夜叉…お前は何故、人間の味方をする」

白夜叉と呼ばれたその男は、ゆっくりと顔だけを天人に向ける。
顔全体が赤色だった。肌の色が覗くのは口元だけ。
血のシャワーでも浴びたのかもしれない。それ程までに、元の色は失われていた。果たしてそれは、仲間のものなのか。男のものなのか。

開かれた眼から覗く、定まらない視点。血と同様の赤に、天人は思わず見とれたことだろう。
男は立ち尽くしたまま夢でも見ていたのか、心ここにあらずであり、ようやく視点が定まったころに「は?」という、気の抜けた言葉が返ってきた。

「お前の髪は白いだろう。不思議に思ったことはないのか」
「……別に」
「ふん。己が人間だとでも思っていたか?笑わせるな」

これほど明らかに同様を誘う手口もどうかと思うが、意外と効果はあったように見えた。
男は一言「…黙れ」と吐いて、眼に光を取り戻す。
恐らく安い揺さぶりに反応をしてしまうのは、男自身に心当たりがあったからに違いない。

「お前は、人間じゃない」

天人が駄目押しの一言を浴びせると、男がゆらりと向き直った。
男の身に纏ったボロボロになった白装束が、生温い風に靡く。

「にしても、人間臭ぇなァ」
「純血じゃねぇんだろ」
「混血か…?」

下劣な笑い声と、小声で呟かれた言葉が聞こえている。
男は視線だけを右へ左へ動かし、露骨に嫌な顔をした。

「いっそ、こっちに寝返っちまえばいいじゃねーか」
「お前なら、歓迎するぜ?」

汚い笑みを四方八方から向けられつつ、男は「誰がテメェ等につくかよ」と吐き捨てる。その姿を見て、リーダー格であろう天人は武器を構え嘲笑った。



「同情さえするな。お前は天人と人間の混血。つまり、どちらにも成ることが許されない、化け物なのだから」

天人がそう言うが早いか、男は駆けていた。風が鳴り、男が目の前から姿を消す。
上か。と、見上げた空は重っ苦しいもので、薄暗い景色の中、まだ僅かに白を残した衣が映えた。
吊りあがった唇に、目を奪われる。それが天人が最後に目に映した光景だった。

天人は頭上から真っ二つにされ、液体を撒き散らして崩れる。
びちゃり、と男の衣がまた染まる。そこらに転がっている屍と同じ色を貼り付けて。白が塗り潰されていく。
どす黒く変色し始める赤に埋もれながらも、男の瞳だけは変わらない輝きを放っていた。

亡骸となった天人を踏みつけると、どこかの細い骨が折れる音がする。
男は更に、口の端をにたりと上げ嗤い。
「あぁ。どうせ俺は、化け物さ」と、天人に届く筈もない言葉を口にした。

男は改めて周囲を見回す。禍々しい殺気は周囲を圧倒し、威圧した。見る者の心を震わせ、鷲掴んで離さない両眼。紛れもない恐怖が、そこにあった。
ようやく体を動かし、武器を構えた天人達を、男は無感動に順に斬り伏せていく。
男はそれ以降。何も言わなかった。叫びも何もなかった。
戦場を支配するのは、肉を断ち、骨が折れ、液体が飛び散り、断末魔が少し。それだけ。
男の色は益々、屍と同じになっていく。白が消されていった。







*******







光が眩しい。
戦場にも、こんなに優しい光があったのか、と銀時は目を細め天を仰いでいた。
暖かい温もりを肌に感じる。あの人に抱き締められているようだ、と思った。
この一瞬が永遠に続けばどれだけ幸せだろう。

「白夜叉…お前は何故、人間の味方をする」

そこで現実に戻されて。
無理矢理、思考が冷えたものへと変わっていった。
あぁ、せっかく良い気分であったというのに。コイツ等は心底、憎たらしい。

「お前の髪は白いだろう。不思議に思ったことはないのか」
「…別に」
「ふん。己が人間だとでも思っていたか?笑わせるな」

人間ではない?
そんなもの銀時が誰よりも理解していた。
他の誰よりも傷が治るのが早いし、戦闘能力も高いと自負していた。何より、白髪紅瞳となれば。周りと違うことくらい、猿でも分かるだろう。
ただし、その事実を何処か他人事のように敬遠していて、受け止めきれない自分がいた。
周りの人間は敢えてなのか、口に出すことはなかった。それは、白夜叉がいることで戦が少しでも有利になるならば、と手放したくなかったようにも思えるが。

「…黙れ」

震えた声が出たので銀時自身、少し驚いた。
胸の内側を引っかかれたような、鋭い痛みが走る。これ以上は、聞きたくない。聞いてはいけない。本能がそう告げていた。

天人は、銀時の声色に満足したのか、厭らしい笑みでこう言った。

「お前は、人間じゃない」

目の前が暗くなり、硝子が崩れ落ちる音がする。
やっぱりね。なんて、笑い飛ばせる余裕はなかった。
それでも、壊れた硝子を掻き集めて立っていなければならなかった。ここは、戦場なのだ。





それからのことは、あまり覚えていない。
気がついたら、また一つ屍が増えていて、いつも通りに脅えた視線が注がれていたから。夢中で刀を振るった。
みんな消えてしまえばいいと思った。

でも、どこかで。
希望はいつかなくなると、知っていたから。
これ以上、何かを失う前に。
あの人に早く会って抱き締めて貰いたいと、そう思った。






 
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