隊士達との日々

□猛暑日
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暑い。

今日はいつも以上暑い日だ。

襖を全開にしていても一向に風が通ってくれる気配はない。

「あぁぁぁつぅぅぅいぃぃぃ」

ナナシは畳の僅かな冷たさに冷やしてもらう為、俯せで寝転んでいた。

傍から見れば、だらしの無い恰好だと思うがそんなことを気にはしていられなかった。

何しろ暑い。

それにおそらく来客はないだろうと安心しきっているのだ。

少し前に千鶴が新八たちと冷たい物や甘味を食べに行くと言うことで誘いに来た。

しかし、外に出て太陽の光に勝てる気がしなかった彼女は断っていた。

「……暑いなぁ……」

「ナナシは居るか?」

突然、頭上から声が聞こえた。

顔を上げると斎藤が立っていた。

「一君……?」

暑くて頭がぼーっとしていたナナシは思わず疑問形にしてしまった。

「そ、そうだが……邪魔したな、す、すまない」

寝転んでいたナナシを見て、彼は慌てて立ち去ろうとする。

「あ! 待って」

急いで立ち上がり、斎藤を追う。

しかし、既に部屋の外には彼の姿はなかった。

「何処行ったのかな?」

仕方ないので屯所内を捜すことにした。




屯所内を歩いていると目の前から見慣れた顔が歩いてきた。

「あれ? 平助だ」

「おー。……んな所で何してんだ? ナナシ」

「一君捜し」

「何だその間違い探しみたいなノリ……」

「平助は見てない?」

「一君? 見てない、っていうかさっきあの部屋から出て来たばっかだからわかんないけどさ」

そう言って平助は廊下の端にある部屋を指差した。

「そっか。有り難う。……ねぇ、平助?」

「ん?」

「千鶴たちと出掛けなかったんだ?」

ナナシの質問に平助はため息をついた。

「あー……うん。行きたかったんだけど、見廻りがあるし」

「そっか」

「そういうナナシは? てっきり千鶴たちと行ったのかと思ってたけど?」

「暑かったからさ」

「あー、成る程。今日って有り得ないくらい暑いからね……」

平助は扇ぐように手を上下させた後、再びため息をつき、肩を落とした。

「見廻り頑張って!」

「……はーい……いってきまーす……」

平助は手を振りながら元気なさそうに去って行った。

「さてと……一君を捜さないと」




「ナナシちゃん」

再び歩き始めると後ろから声をかけられた。

しかし、嫌な予感しかしないので反応せずに歩き続ける。

「ナナシちゃーん」

無視。

「ナナシーちゃーん」

無視。

「無視するなんて酷くないかな?」

そう言った瞬間、声の主が抱き着いてきた。

「きゃあああ!」

「悲鳴あげなくても……」

「なら離すべきでしょ! というか抱き着くな、総司! 暑苦しいなぁもう!」

必死になって暴れるが総司は離すどころか余計に力を強めてきた。

「えー? 僕は別に暑苦しくないし?」

「離して!」

いくらじたばたと暴れても離す気配が感じられない。

「何をしているんだ」

後ろから冷たい声が聞こえてきた。

「は、一君!?」

「あれ、一君、何か用?」

総司はナナシを抱えたまま方向転換した。

「きゃあっ!」

総司に抱き抱えられている状態のまま、斎藤の方を向く。

彼の顔は険しく怒っているようにみえる。

「何をしているんだ? 総司」

鋭く、棘のある声音だ。

「別に何も? ていうか見たままじゃない?」

総司は、ぎゅーっと強すぎず、しかし、逃げられないくらいの力で抱きしめた。

「彼女を離せ」

斎藤は、声音と共に目つきも鋭くなっている。

「嫌だ」

抱き抱えられているので総司の表情は、わからないが声音は棘がある。

「……って。嫌だって意味がわかんないんだけど!? いい加減に離してよ! 暑苦しい!」

じたばたと暴れていると総司は自分の体を使って動きを封じてきた。

「ふぬっ! むむむむ!」

「もっと可愛い声出せないかなぁ?」

呆れ声で言う総司だが少し楽しそうだ。

「は な せ」

「い や だ」

埒が明かないと思い、斎藤になんとか向き直った。

「は、一君! た、助けて!」

「……」

しかし、彼は瞼を閉じ、体の動きを止めている。

まるで人形のように動かない。

「……一君?」

そう声をかけた瞬間、彼は目を開き刀に手を添えた。

その目には怒りのような嫉妬のような光が宿っている。

「ちょっとちょっと、一君? それって局中法度になるんじゃない?」

「刀を抜かなければ問題ない」

「ふぅん……」

二人の間に小さな火花が散っている。

「……えっと……」

「何してんだ? んな所で」

どうするべきかナナシが悩んでいると土方の呆れた声がした。

「土方さん! 助けてください!」

ナナシが助けを求めると眉をひそめた土方が近づいてきた。

「何やってんだ。てめぇらは……」

「そんな過程はどうでもいいんです! 助けてください!」

「土方さんに助けを求めるなんて狡くない?」

「副長に助けを求めるとは……俺はそんなに頼りないか……」

「ああ! もう面倒臭い奴らだなぁ!」




結局、土方は総司に用事があったようで総司からナナシを引き離し、総司を連れていってくれた。

「あぁ……漸く離してもらえた……」

うんざりとしているナナシの隣で斎藤が小さくため息をついた。

「……一君、どうかしたの?」

「……俺は頼りないだろうか?」

小さな声で聞くような自問のような感じで言った。

「もしかして……まだ引きずってるの?」

「……」

斎藤は何も答えなかったが明白に彼の表情は沈んでいる。

「私、一君のこと捜してたんだよ」

その一言を聞いた彼が顔を上げた。

「一君、何か用事あったんじゃないの?」

「……いや、たいした用事ではない」

「違くてさ。たいした用事じゃなくても言ってほしいの!」

彼の顔を真っ直ぐに見て言った。

「……すまなかった。本当にたいしたことではなかったのだが。……ただ、一緒に居たいと思っただけだ」

恥ずかしそうに顔を赤らめながら彼は微笑んだ。

「暑いのにな。……迷惑かと思い、立ち去ったのだが……」

「一君」

「?」

小さく首を傾げた彼の手を掴む。

掴んだ瞬間彼の手が一気に固くなった。

緊張しているのだろうか。

「中庭なら少しは涼しいかも知れないし」

歩き出そうとするナナシの体が突然、強く引かれた。

「!」

気づいた時には彼の胸の中に居た。

「……すまない」

謝りながらも彼は少しずつ腕の力を優しく強める。

「……」

ナナシも抵抗することなく大人しくしていた。

不思議と嫌な気はしなかった。

「総司が……その……」

彼がいきなり抱きしめてきたのは、おそらく総司が先程していたことの嫉妬の気持ちもあるのだろう。

「……可愛いなぁ……」

何となく小さな声で思ったことを微笑みながら言ってしまった。

「な、何か言ったか?」

聞こえていたのだろうか。

少し恥ずかしそうな声音がする。

「ううん。別に? 何も言ってないよ」

「……っ」

恥ずかしそうな息遣いの後、少し強い力で抱きしめられ、そしてすぐに離された。

「行くか」

彼に手を引かれ、中庭へ向かう。

少し体温が上がった気がするが、きっと暑い日だからだろう。

ある夏の暑すぎる日の出来事だった。










あとがき( ´・ω・)σ



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