恋物語第壱章・複雑な想い

□8話 不快感
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 自分の部屋にたどり着き、ベッドの淵に腰掛けて深くため息をつく。
「くそっ!」
 竜が妹の名を口にした時から胸の中に押さえこんでいた言いようのない混沌とした感情を、なんとか吐露することができた。
「なんで、アイツなんだ…」

 なんで、竜なんだ?
 なんで、あんな女ったらしを好きになりやがった?
 女一人満足に愛せないヤツを。
 そいつに一目惚れだと?
 外見だけに目がくらんだんじゃないのか?
 たった一人の妹なのに。
 誰にも渡さないように、傷ひとつつけないように守ってきたのに。


(もういいじゃねえか)


 心の隅で、もう1人の――昔の俺が顔をのぞかせて軽く肩を叩いた。
(お前は、ずっとそうやって音を守ってきたけどよ。文句言わずに兄として慕ってくれた。だから、恋のひとつやふたつくれぇ、別にいいじゃねえか。減るモンじゃあるめぇし。もう過保護っつー籠から自由にさせてやんな)
 ――……はあ。……たしかに一理あるが、もう少し考えさせちゃくんねえか?」
(…わかった。あばよ)
 そう言って、昔の俺はそこから手を振って消えた。


 翌日の振替休日は、朝から考えすぎて頭痛に苦しめられ、夕方になってから何も考えずに手ぶらで故郷に帰った。
「どうせ接待でいねえだろ」
 そう思って実家の玄関を無言で開けたが、そこでつまみと缶ビールを手にした親父とばったりはち合わせした。
「おう、急に帰ってきてどうした。元親」
「なんでいるんだよ!?」
「早めに帰ってきただけだ。お前も飲むか?」
 有無を言わせない口調と放り投げられた缶ビールを片手で受けとめ、後ろ手で玄関を閉めて、靴を乱暴に脱ぎ散らかして上がった。
 途中、数人の女中とすれ違ったが互いに会釈するだけにとどまった。広々とした居間にテーブルやらソファーがあり、そこにがたいのいい男2人が座る。
「音は元気か?」
「ああ」
「文化祭はどうだった?」
「どんな情報網を使ったのかは知らねえが、初日におふくろが俺たちに会いに来たな」
「ぶっ!」
「うわ、汚え!」
 親父が思いっきりビールを吹き出したせいで、つまみのサラミが台無しになった。
「…なんでだ?」
「俺が聞きてえよ!」
「ちゃんと音を守ったんだろうな!?」
「半分な。俺が駆けつけた時には馬乗りになって、おふくろを殴ってた音を、政宗が声かけて止めたからな。その後に、しっかり脅しといてやったぜ」
「よっしゃ、それでこそ兄だ! ほら、もっと飲め!」
 わははと笑いながら、どこから出したのか一升瓶の焼酎を手荒にテーブルに乗せ、なみなみとグラスについだ。
「…帰ってきたのは、他に理由がありそうだな?」
 口端を吊り上げ、ぐいっと一気にあおった親父を横目で見て、自分のグラスを眺めた。透明の液体に映ったのは、シケたツラをしている俺の顔だ。右目に眼帯をした己の姿が、音に変わった。
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