恋物語最終章・秘めた恋心

□エピローグ
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 文化祭最終日。もうすぐ昼休みに入る時に、めまいに襲われて保健室行きになった。クラスメートの田代さんの肩を借り、そこで眠っている間、懐かしい感覚がした。
 真っ白な心の空間で、忍装束の自分とする。彼女の首には、金属製の鍵をネックレスのように下げていた。
『待たせてごめん。今、あなたの頭の中にある術を解くね』
 くれないが鍵を手にして、白く広大な地面に片膝をついた瞬間、体育館の床と同じ巨大な術式が浮かび上がる。中心部分に存在している小さな鍵穴に、それが差し込まれ、右に回された。
 がちゃ。ぎぎぎ…。
 重たい音がして、術式も勢いよく右回転し、次々と遠い昔の記憶が蘇っていく。

 佐助。かすが。くれない。
 ある日。かすがと一緒に里に帰ると、屍が辺りに山積みになり、その中心にいた佐助が全身を赤に染めて、ぺこりと頭を下げた。里の者が彼によって殺されたのだと知るのに、数秒はかかった。
 暗転。
 武田軍に佐助。上杉軍にかすが。徳川軍にくれない。同郷の三人は、主のために殺しあう定めになった。
 暗転。
 武田と徳川が会いまみえることになった。

 見える光景は、毎朝の夢と同じ。
 最期に見聞きした瞳と言葉は、予想通り短くて、冷たかった。

(さよなら。くれない)


 目を覚ました時、頭の中の術式と胸中にあった未練が跡形もなく消え去っていた。
 保健室の蛍光灯の光がまぶしくて、反射的に目を細める。
「ああ。よかった!」
 メイド姿の女子生徒が笑顔で喜ぶのをそっちのけに、上半身を起こすと衣装係自信作の燕尾服がシワだらけになっていた。
「…田代さん。今、何時?」
「二分前に昼休みになったよ」
「ってことは、一時間寝てたのか」
「さっきより顔色、よくなってるね。これだとライブ行けそう」
「ライブ?」
「OB達が、創立100周年を祝って、体育館で歌うらしいの!」
 保健室を退室して、そのまま手を引かれて体育館に走った。その中はカーテンを閉ざされて真っ暗だ。手を繋いだまま人波を押しのけ、半ば強引に最前列に並ぶ。田代さんは、物事に強行突破する人なのだ。
 手元の腕時計は、少し傾けると淡く光る仕様になっている。昼休みが始まって、もう五分が経っていた。幕が上がった時、女子の黄色い声が一斉に耳に突き刺さる。蒼紅と瀬戸内コンビは、毛利先輩を除いて笑みを浮かべて歓声に応える。真田先輩と伊達先輩、長曾我部先輩の左手薬指につけられているメリッジリングが、照明の光を受けて、きらりときらめいた。
『Ladies and gentlemen, boy's and girl's!! Let's party!!』
 知ってるイントロが、アンプを通して大音量で流れた。JAPだ。熱狂の渦に巻きこまれ、気がつくと歌い終えたボーカル担当の蒼紅は、汗をかき、軽く息を整え、MCに移る。
『ここで member 紹介するぜ。ボーカル兼エレキの伊達。隣がボーカル兼ベースの真田。ドラムの長曾我部に、キーボードの毛利な』
『毛利殿、笑顔忘れてるでござるよ』
『我に笑みなど必要ない』
『大丈夫だ。こいつ、ツンデレだから』
『ツンデレではないと何度言わせたら気がすむのだ! 阿呆め!』
 OB達のトークに皆が爆笑して、あっという間に一分が過ぎていた。
『stage に上がって歌うヤツはいるか!?』
「はい!」
 猿飛先輩が挙手したが、暗闇のせいで声だけが聞こえた。
『先公が挙手するの、初めて見たぜ。上がりな、猿』
「サンキュー」
 壇上に上がった彼の格好に、生徒全員が目を白黒させる。深緑のフェイスペイント。素肌の上に白シャツを来ているが、いくつかボタンを開け、左手首に赤と緑のシリコンバンドをはめている。夏休みとは違う色気に心臓が高鳴る。
『んじゃ、ボカロで「ヤキモチの答え」』
 ほとんどの女子が自分に向けて歌っているものだと思い、猿飛先生の歌声に射抜かれて骨抜き状態だが、彼の瞳に浮かぶ苦しみの色に違和感を覚えた。
『あと五分だが、歌いたい人いるか?』
『燕尾服のお主。上がる前に、服のシワを伸ばして下され』
 燕尾服の上を田代さんに渡し、あわてて服のシワを伸ばす。壇上に上がり、ピンマイクを胸元につけた。
『同じボカロで、「heart beats」お願いします』
 一拍おいて、イントロが流れる。
 全て歌い終え、観客に向かって深々と頭を下げて、礼を述べた。
『ありがとうございました』
 初めてのステージで緊張したものの、自宅に帰って自分を落ち着かせて一睡した。


→佐助side
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