恋物語第壱章・複雑な想い

□2話 club のち party
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 バイトと合気道の稽古で忙しいゴールデンウィークが過ぎて、ほっとしたのもつかの間。次は、学園生活があわただしく始まる。
 放課後になるなり、隣の席の伊達君はあたしから借りた授業ノートを通学鞄につめこんで、部室に直行した。キックベースの件でグラウンドが使用禁止になっていたが、今日からそれが解禁されるために我が野球部のエースは張りきっている。マネージャーのあたしは日直で、最後の仕事を終わらせて通学鞄を肩に下げて職員室に行ったが、担任が不在だったので日誌を机の上に置き去りにして同じように部室に駆けつけた。
「うわー、片倉先輩に怒られ――あれ?」
 ジャージに着替え終わってグラウンドを横切ろうとしたが、見慣れたユニフォームにバットを両手に6本持った彼が目に入って、対決に水を差した。真田くんの十数歩後ろでスクワットをしていた猿飛先輩が、動きをぴたりと止める。
「ちょっと、伊達くん。なにやってんのさ! 今日は野球部全員で、片倉先輩の畑でそら豆収穫でしょ!」
「そんなモン、いつでもできるだろ」
「だめ。旬の野菜は、新鮮な時に穫るのが better なの。四の五の言わず来る!」
「I can't go.」
 ダダをこねるワガママエースに向かって、わざと深いため息をついた。
「You must come with me. If you don't move there, its OK. I'll tell him. So you can't see tomorrow's sunlight. (あたしと一緒に来なさい。そこから動かないなら、それでいいさ。彼に伝えるから。そしたら、明日の日輪は見られないよ)」
 英語で受け答えしたことに、彼らはぽかんと口を半開きにして驚いていた。
「…お前、英語で会話できるのか?」
「少しだけだけど? で、来るの、来ないの?」
「…I'll go.」
 意外とすんなり『行く』と返事したことに満足して、畑に直行する。
「すみません、遅れました。片倉先輩」
「いや、長宗我部は日直だからいい。問題は政宗様だ。今日は、そら豆の収穫だと言ったはずです。なのに、バックれて真田と対決するとは――」
 などと30分ほど片倉先輩の小言が続き、その間に収穫したそら豆を片手に子分たちが消耗しきった伊達くんを励ましても、返ってくるのは覇気のない答えだった。
「じゃ、伊達くん。今から片倉先輩のそら豆で軽く party やろ! あたしが作るからさ」
 ぎぎぎ…とサビた音が聞こえる錯覚に陥るほど緩慢な動きで、彼があたしを見据えた。
「… really?」
「yeah!!」
 これも『ノー』と答えるなら、全員敗北でお手上げだ。
「… OK」
「へ?」
「とにかく腹へった。音がメシ作るんだろ?」
「うん」
「Hey, gay's!! 今から音の家に集合だ!!」
 さっきまでの疲れた顔はどこへやら。子供並みの元気を取り戻して彼らに告げたが、
『筆頭たちだけでどーぞ』
「急にどうした。音がメシ作ってくれるんだぜ?」
『いや、俺らは別にいいッス』
 予想に反して、今度は彼らが『ノー』の一点張りになった。その様子に片倉先輩と首をかしげて、
「そう無理強いしなくてもよろしいでしょう、政宗様」
「嫌ならそれでいいじゃん」
「…そうだな」
 3人で party を開くことに…なるはずだった。それは、空腹わんこ…じゃなかった。サッカー部エースの真田くんが収穫を聞きつけ、猿飛先輩の言葉も聞かずに『行くでござる!』と言ったからだ。
「3年前に引っ越したと聞いたのだが、本当でござるか?」
「うん。兄さんが『お前も一緒に来い! 絶対に気に入るからよ!』ってね」
 浜松町で降りて徒歩6分でスカイハウス浜離宮に着き、かちかちと部屋番号を入力した後に、猿飛先輩がくるりと身をひるがえした。
「あ。俺様、ビール買ってくるよ。宴会には欠かせないから」
「気をつけてねー」
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