dream

□卑しい男
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他の誰でも無い、自分自身のために業と言わなかった。本当は、彼女の悩みの結果が紛れも無い最悪な現実であると知っていても、傷ついた少女に優しく手を伸ばし、抱き締めて 、何処よりこの場所が心地良く幸せであるのだと思わせるためだけに。

「今日は、」

一日の授業が全て終わり、帰路につく生徒、 部活動に打ち込む生徒と校内は未だ騒がしいが、専門塔一階にあるこの教室になんて用のある人はそう居ない。

「今日は、どうしましたか」

それでも彼女は毎日この教室に訪れて、曇った瞳のまま不安を口にするのだ。こちらがその相談毎にほくそ笑み、笑みを向ける裏側で自身の都合の良いような台詞しか吐いていないことも知らずに、少女は男を優しい教師だと信じて疑わない。

「せん、せ……っ」

すっかり泣き腫らした目、そして零れる大粒の涙を拭うことすらしないまま彼女は俯いた 状態で近付いてくる。

「可愛い顔が台無しですね」

ただそれだけ言って、光秀は必死に嗚咽を堪えていた未都を抱き込んだのだ。彼女も一瞬だけ驚いて肩を揺らしたようではあったが、予想以上に感じた男の優しさに感情を抑えられなくなりとうとう糸が切れたように泣き声を上げて縋りついた。だから止めて置けば良いのにと、こうなってしまう前にあんなくだらない男と別れてしまえば良いと思っていたのに。


「わ、わたしのこと…、一番って言ったんです……っ」

「……ええ」

「でも…、でも、二番も…いて……!」


今まで未都が募りに募らせていた不安と疑心。若い男女には珍しくも無い、よくある話に放課後毎日嫌がる素振りも見せず善 人面して耳を傾け続けることが出来たのは、 光秀自身に打算があったからだ。傷心の女性 は付け込み易いのだと、その事実は彼にとってどんなに都合の良い現状であっただろうか 。

「信じてたんです……」

知っている。せっかくなら傷が深いように、信じてやりなさいと私が言った。

「ちゃんと、好きだったんです……!」

だから腹立たしかった。価値の低い餓鬼にこ の娘が想いを寄せ、言動行動一つ一つに喜怒哀楽することが酷く憎らしかった。

「辛かったですね、良く耐えました」

これが欲しかった。これを望んでいた。震える小さな背中を摩り、同情じみた言葉を送りながらその男の口元では台詞に不釣合いな笑みが隠しきれていないことに未都は 気づかない。しかし男の背にきつく回された細い腕は、もうすっかり光秀の思い望んでい た通りの結末になっていたのだ。回りくどい嫌な男ですいません。酷い男に捕まったおまえは本当に可哀想ですね。でも、私は一生涯おまえだけを愛し一途に想い続けることが出来ますよ。

「大丈夫。私が付いていてあげましょう」

ほら、今最高に幸せであることには違いないのですから。





優しく卑しい男の話

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