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□1.本気じゃないと知っていた
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「……もう帰るの?」

「起こしちゃいましたか、すみません。今日は仕事なので、失礼しますね。」


朝日がカーテンの隙間から差し込む早朝、今まで何度この会話を交わしたのだろうか。
着物の帯を締めていると、もぞもぞとベッドの中から顔を出し眠たそうな目でこちらを向く彼。

鏡の前で櫛を手に取ると、僕がやってあげるからおいでと声を掛けられた。一度は遠慮したものの、良いから良いからと言うので大人しく櫛を持って先程まで眠っていたベッドに腰掛けた。ふと手をベッドに置くと、私と彼の体温で温められていたので少し温かい。


「寝起きでもサラサラだね、未都ちゃんの髪ってつい触りたくなっちゃうよ。」

「お風呂上がりに髪乾かし忘れて寝たときは爆発しましたけどね。」

「ハハッ、かーわいい。そういうとこも見てみたいな。」


櫛で丁寧に髪を梳かしてくれる白澤さまの手にどこか安心してしまう。この手で何人の女の子の手や髪に触れているのだろう、なんていちいち考えることは今までなかったのに。
勝手に考えて、勝手にずきりと胸が痛む。


「ねぇ、白澤さま。もしも、私に…好きな人が出来たらどうしますか?」


雰囲気が重たくならないように、軽く笑みを浮かべて冗談混じりに聞こえるように問い掛けた。こちらは冗談でもなんでもなくて、白澤さまの答えが返ってくるまで息が止まりそうなくらい緊張しているのだけれど。


「…うーん、そりゃ寂しいよ。何、本当に好きな人でも出来た?」

「い、いえ…もしもの話です。良いんです…本気の恋愛なんて、したいと思わないから。」


口から出たのは本音とは程遠い言葉。嘘です、本当は好きで好きで堪らない人がいるの。だから幸せでも苦しさが邪魔してしまう。
寂しいよ、という言葉の先を聞きたい気もするけど怖い気持ちもある。

なんて私は矛盾だらけの女なのだろう。始めは白澤さまと少し遊ぶつもりだったのが、時々こうして一緒に朝を迎えるようになった。
決して本気になるつもりはなかったし、どちらかが飽きたらハイさよならで良いかな…なんて思っていたのに。
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