dream
□独占Monster
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「…行きましょう、未都」
「ちょ、わぁ!」
張り詰めた空気を先に破ったのは明智先生だった。ぐっと私の手を強く掴み、どんどん先に進んでいく。
私はその力の強さに戸惑いつつも、歩幅をあわせようと必死に足を動かした。
え、何だろう。矛先がまさかの私に変わったのか。もしそうなら流石の私でも容赦しませんよ、わが全身全霊をこめて泣き叫んでやりますよ。
ワケも分からぬまま、取りあえず首だけ振り向いて竹中先生に会釈をする。先生は、いつもと同じ涼しい笑顔でひらひらと手を振っていた。
「――――――」
竹中先生がなにか呟いたようだったが、離れた距離と喧騒に書き消されて口の動きしか見えなかった。
「ちょ…、明智先生っ」
あれからずっと無言で手を引く彼にすこしの不安を覚え、私は先生の名を呼んだ。
強くにぎられた手をようやく解放されたのは、人気の無い階段下でだった。
「どうしたんですか、急に」
「…………」
明智先生は答えない。長い髪で隠れて、その表情はよく見えなかった。いい度胸だ全力で泣き叫んでやろうか。
あの、と呼びかけながら軽く白衣の裾をひっぱると、その腕をまた掴まれた。
声をあげる間もなくもう片方の手も封じられ、そのまま壁に押し付けるように首筋に顔を埋められた。
一瞬自分の置かれた状況が分からず混乱したが、彼のその動きが存外優しいものだったため、押し退けることも拒否の声を出すことも出来ずに硬直していた。
忙しなく視線を動かす。
見えるのは薄茶けた無機質な壁と、呼吸で微かに上下する肩と髪。
先生の体に触れている頬や肩、てのひらが、じんわりと熱を帯びていく。
「……先ほど、」
「え?」
その姿勢のまま、明智先生がぽつりと呟いた。
「あの男に、頬を触れられましたね」
あの男。
言うまでもなく竹中先生のことだろうが、一端のオトナである明智先生が、仮にも同僚である先生を'あの男'呼ばわりしたことに私は驚いていた。
「え、はい、まぁ」
明智先生は答えない。うぅ、また無言ですか…!
しかし言葉こそ発しないが、私を捕まえる手にわずかに力が籠る。
……あれ、なんだかこう、ちょっとおこがましいかもしれないですけど、これではまるで先生が、
「…正直、少しだけ妬けました」
まるで心を読まれたかのようなセリフに思考が止まる。
どう答えたら良いのか分からず、ちりちりと頬に熱が集まっていくのを感じることしか出来ない。
「…あの、それってどういう」
やっと声を絞りだす。
「そうですね、解りやすく言えばあの男の腕を指先から順に細切れに刻んで、それらを白昼の道路に」
「あ、やっぱ細かいとこはフワフワしたまんまで良いです。」
ああ…良かった通常運転の先生だ。良いか悪いかでいえば写真判定でのジャッジ経た上でのアレだが、取りあえず良かった。
「そういえば先ほどは、貴方が仮装することを前提に話をしていましたね」
私を抱き寄せたまま話題を変える先生。
それまでしっかりと捕らえていた腕から力を抜き、私と視線を合わせる。
不思議な熱の籠った切れ長の瞳から逃れられず、私はふたたび言葉を失った。
互いの吐息が触れる距離まで、ちかづく。
「他の誰かに、かわいらしい姿をした未都を見られるのは癪ですね。ですから今年は私が、未都を狙う魔物共から貴方を守る死神となりましょう」
もしかしたら我慢出来なくなって、逆に私が貴方を食べてしまうかもしれませんが。
そう低く笑い、まるで子猫を愛でるような柔らかい動作で、私に口付けた。
'…やれやれ、どうやら明智君に先手を打たれたようだね。'
未都の手を引き連れ去る寸前、竹中半兵衛が小さくそう呟いたのを私は聞き逃さなかった。
普段からことあるごとに未都に要らぬちょっかいを掛けてくる上に、先程のあの無体。
本来ならば未都の肌に触れた時点で体をバラバラに引き裂いてやりたかったが、当然本能のままにそれを実行する訳にはいかない。
もしも人を殺めてもさほど咎められない時代に生まれていたらと、何度思ったかわからない。
あの時彼は、'君にも時と場所をわきまえる分別があったのか'と皮肉った。
腕の中でちいさく固まってしまっている未都。
いくら腹に据えかねたとはいえ、事実私は教師としてではなく、衝動のまま男として彼女に接してしまった。
そのことについては何ら後悔はしていないが、――いけ好かないとはいえ――あの男が自分の本性をピタリと言い当てたことに、思わず乾いた笑いが洩れた。
まぁ、結果オーライということにしましょうか。
そう言って笑うと、未都は不思議そうな顔をして私を見上げた。
END.