小説

□憎悪
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翔は正真正銘喰種である。

人を喰らい、人に化ける化け物。
だが、彼は人を殺すのを避けたがる喰種の中でも比較的温厚なタイプの喰種だった。
それは翔が心の底から友人だと思ってい遥也の存在が大きい。
遥也のことを友人だと思い始めてから、人を殺すことに強い抵抗感を覚えるようになったからだ。(実際に今食べている人肉は自殺者のものである) …ただし、それは喰種捜査官以外という条件がつく。
喰種捜査官、喰種間での通称ハトはその名通り人に化けた喰種を探しだして…殺す者達のことだ。弱い喰種や並みの喰種では太刀打ち出来ない存在だ。

それこそ不意討ちでもしない限りは。


…最近、ハトが近くに潜伏しているらしく仲間の喰種が次々と殺されていっている。
翔は苛立ち混じりに肉を切り分けていたナイフに力を込めた。パキッと人肉を乗せていた皿が真っ二つに割れる。
「…あ、」
またやってしまった、翔は心の内で深いため息を吐いた。喰種捜査官のことを考えるといつもそうだ。
翔は割れた皿を片付けると口に付いた血を拭いながら立ち上がった。

数日後、翔は初給料を貰った。店長から渡された初給料に普段よりかなり嬉しそうな翔は、今日の予定を確認すると店長に一礼し喫茶店を小走りで出ていった。




その日の夕方、翔と遥也は花火大会に来ていた。
がやがやと祭り特有の騒がしさがそこかしらから聞こえてくるなか、
遥也は大量の屋台を練り歩きながら食べ物を買い込んでいる。
「遥也、そんなに買って食べきれないんじゃない?」
「んー、大丈夫大丈夫!」
両手に花、ではなく両手に食べ物を持つ遥也が豪快に笑う。相変わらず見た目と中身が一致しない奴だな、なんて翔は笑いながら思った。
遥也の手にある物から漂う堪えきれないほどの異臭には無理矢理蓋をして。

爆音と共に上がる夏の花を翔と遥也が顔を上げて見つめる。
…こんなときだけは己が喰種であることを忘れられるのだ。

翔は花火を見上げてゆるく微笑んだ。





遥也とわかれた後、翔はふと遥也に渡すものがあったことを思い出した。
小走りで遥也の元に向かおうとしたとき、一本の電話が入った。タイミングの悪さに少々苛立ちながら翔は電話をとる。(何も今じゃなくても…)

慌ててとった電話の中から聞こえてきたのは
――まるで断末魔のような、助けを求める叫び声だった。

「…きっとハトが出たんだ…、このままじゃまた一人殺される…ッ」
翔は電話が切れるときつく唇を噛む。そして地面を強く蹴った。手にはピエロの面を持って。速く。一刻も早く。仲間の元へ走っていった。へばり付く様な悪寒を胸に抱えて。









翔が助けを求める仲間の元へ辿り着いたのは、それから数分後のことだった。

既に息絶えそうなほど衰弱した仲間に翔は仮面の下で顔を歪める。
仲間の喰種の前に喰種捜査官と思われる男が立っていた。
手には歪な刃が握られており、それが仲間の命を削ったものだと翔は察した。
そしてその刃が仲間の首筋にピタリとつけられていた。
――――止めろッ!!
咄嗟に翔は喰種捜査官の肩を忍び込ませていたナイフで切り裂いた。
「…ッ!誰だ!!」
喰種捜査官が叫びながらこちらに振り向く。

そして、その時翔は漸く気が付いた。












―――――――喰種捜査官が遥也だということに。








 




end.
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