Red Flame
□#0 建前
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誰かが息を吹き返す時、誰かが死の沼に引きずり込まれるように。
この世は不条理に満ちている、と創世神、アルセウスは考えている。
誰かが笑う時、誰かが泣くように。
誰かが失脚する時、誰かが出世するように。
この世の個性は嫌に鬱陶しい、と時渡神、セレビィは思っている。
誰かが倒れる時、誰かが手を貸すように。
この世は思いやりで成り立つ、と妹護神、ラティアスは感じている。
誰かが地に伏す時、誰かが蹴り飛ばすように。
この世の思いとは一方通行だ、と兄護神、ラティオスは悟っている。
『彼らを消す』
『――…………、本気ー?』
ミュウがそう尋ねたのは、長年の付き合いでアルセウスが本気だというのは分かっていたのだが、その本気の度合いを調べるためだった。
彼らの間で会話が交えられていた訳ではなく、ただ唐突にアルセウスがそう言っただけなのだが、ミュウは何となく、人間嫌いの人間の少女を思い出し、それを当てはめた。
奇しくもそれは見事に正解だった。
『本気も本気、大真面目だ』
『いや君が冗談なんて言う陽気な器じゃない堅物君だっていうことは百も承知ー、なんだけどさー。ふーん、消すなんて随分物騒だねー』
『消すという言い方は不適切だったな、さり気なく殺す』
『塗装がハゲたねー。なーんで今更、そんなことするのさー』
ミュウが一番疑問なのはそこだった。
『あの子……エリオが世界を渡ってからー、十年経つっていうのにさー』
『我輩らにとって十年など、まばたきすれば過ぎゆくわ』
『そりゃそうだけどー。エリオにとってはもう成人してるよー? なーんで殺しちゃうのさー訳分かんなーい』
ミュウはあの少女が好きだった。
理不尽な目にばかり合わされ、絶望を幾度となく繰り返し辛酸ばかりを舐めてきたにも関わらず、「何故自分がこんな目に」とはけして考えないエリオを気に入っていた。
表面上言わない人間は多いけれど、全く考えない人間は限りなく少ない。
それに、自分たちポケモンを尊重してくれる考えは素敵だと思う。人間の都合を全然考慮しない部分は改善した方が良いとは思うが、簡単には変わらないだろう。
自分たちのような、伝説や神と謳われる存在の間では、エリオの評価は様々だ。
外道と罵られたり。
守ってやりたいと囁かれたり。
気味が悪いと距離を取ったり。
何も思わなかったり。
その中で、アルセウスは何も答えない。だがどちらかと言うとマイナスの感情を抱いているだろう、とミュウは推測する。
『……理由とかー、訊いても良いー? このままじゃ君の株がだだ下がりなんだけどー』
『個人的な感情ではない、我輩とて神。私情で人間に干渉はせぬわ』
『なら何故?』
沈黙が下りる。時間の流れぬ場所に居る彼らにとって、永遠も一瞬も同じようなものだった。
『……不穏な存在は除去すべきだ』
『エリオが不穏ってことー? 歪みは収まっ』
『再発しないという可能性を何故考えない?』
『……あははー。病魔みたいな言い方だねー』
確かに、とミュウは心の中で呟いた。
知っていた。知ってはいた。
分かっていた。分かってはいた。
だけどそれを口にするのはどうしても憚られていた。
神としてのミュウと、ただのポケモンとしてのミュウ。
どちらも自分だけど、どちらを重視すれば良いのか。答えは出ているのに、ミュウは認めることができなかった。
『でー、もうそれ決定事項ー?』
『否。このことを知っているのは貴様のみよ。して、どう思う。原初の者として、貴様はどう思う』
自分の思考回路を見透かすかのような問いに、笑うしかなかった。
『勿論、不穏分子は排除すべきでしょー。例えそれが英雄でもねー』
嗚呼、とアルセウスは憂う。
お前は分かっているのか、自分が泣きそうになりながら笑っていることを。