とらドラ!で妄想
□第1話
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季節は春。
寒く堪え忍ぶモノクロの季節を越え、暖色の風に刺激され、山を…町を…浮かれた若者の脳内を桃色に染め上げる希望の春。
しかし…
「人生希望ばかりじゃねーよ」
そんな言葉を空気中に振り撒くかのように、清々しい朝も早くから溜め息を漏らす少年が一人。
「はぁ…うそっぱちだ…」
嘆息を吐き出しながら、手にしたファッション誌を淡い希望と共にゴミ箱に投げ捨てる。
見開かれたページには、
「ふんわりバングスでソフトな表情! 彼女のハートをソフトにキャッチ!」
という謳い文句が書かれていた。
「こんなもん…」
せっかく早起きしてセットしたふんわりバングスも彼の目的を果たすには至らなかったようだ。
「あぁっ!こんな所にカビが!この前カビ取りしたばっかなのに!」
彼の名は高須竜児。
職業「主夫」の大橋高校2年生であり、DNAという運命に嫌われた不幸な少年である…
「インコちゃーん」
主夫の裏技を駆使し、カビを撃退した竜児はペットのインコの「インコちゃん」に朝のご挨拶。
インコの「インコちゃん」
実に斬新なネーミングセンスである。
「まだお休み中かなー、朝ですよー」
キッチンからリビングに入り、向かい側にある窓際に天井から吊るされた鳥籠に向かい、下着姿でセクシーに伸びている女性の足元を跨ぎ…
「にゃはぁーっ… ふっふーん… つっかまえたぁーっ」
と、淫靡な響きを含んだ明るい声と共に生足を絡み付けられた。
しかし竜児は事も無げに足を振り払う。
いわゆるスルーというやつだ。
「…あぁーん、りゅーちゃんつめたいーっ…」
女性は不満の声を漏らす。
「今日から学校だって…夕べ言ったろ?」
「あぁーっ!……始業式だっけぇーっ……進級おめでとーっ」
と、足拍手ぱちぱち。
「それが新学年を迎える息子への態度かよ…」
そう。
妙齢の女性の名は高須 泰子。
まぎれもない竜児の母親であり。
永遠の23歳(自称)である。
「ねーっ…この部屋くらーいっ…カーテン開けてーっ?」
「ふぅ………開いてるよ」
「えーっ?……あぁー……でっけーマンション様だねぇー……」
近年、高須家の南側に地上十階建てのブルジョワマンションが建設されて以来、窓からはコンクリートの壁しか見る事ができなくなってしまった。
日照権も何もあったものではない。
そりゃあ竜児も自嘲に口元を歪ませ、ヤバいどころではない目付きで愚痴りたくもなるというものである。
「まったく…これができてから太陽の恵みは奪われ…そのせいで洗濯物の乾きは悪いし…毎日毎日カビとかカビとかカビとかカビ」
「あぁーっ!その鋭い目付きーっ!りゅーちゃんどーんどんパパに似てくるねぇーっ!」
コンプレックスどーん。
「あ、あんなのと一緒に」
「あーん!かぁっこいいーっ!まぁすますパパにそーっくりーっ!」
要するに、竜児は目付きが悪いのである、先天的に、そりゃあもうふんわりバングスでも1ミクロンもカバーできない程に…
「あれぇーっ?……りゅーちゃんもう行っちゃうのおーっ?……私のごはんはぁーっ?……」
竜児にとってはコンプレックスだという事も知らずに精神的ダメージを与えときながら、相も変わらずほんわかーと問う泰子。
よく言えば可愛らしい。
悪く言えばしっかりしてくれよおかん。
「いつもんとこ!」
ゴミを片手に、少々苛立たしげに玄関を出ながら答える。
(それだけは…言われたくなかった…)
竜児くんはご傷心な様子。
しかし、そんな傷付いた少年を癒すのは友の存在。
それは竜児の目付きにも怯える事の無い稀少な存在。
「おーこら三白眼野郎ーっ!」
「ぐおっ!?」
ゴミ置き場にゴミを置く為に屈んだ竜児の背中で馬飛びをする者がいた。
「しゃーっ!今日も絶好調っ!」
彼はスタッ!と着地を決め、燃えるような赤い髪をたなびかせ振り返る。
「こ、腰が……」
未だに腰を屈めた体勢から立て直せずに苦しむ竜児。
「昨晩はお楽しみだったとでもゆーのかこのやろー!」
「たった今お前が楽しんだだけだろがー!」
「おはよーう!」
「……お、おぅ……」
実にマイペースな挨拶を交わす派手な見た目の彼の名は 伊吹 玲央。
竜児の同級生であり、親友でもある。
「今日は随分早起きじゃねーか?万年遅刻野郎のお前が…」
「まぁな!オラワクワクして昨日は九時に寝ちまったぞ!」
「どこのサイヤ人だよ」
とらゴンボールフラグを立てている訳では断じて無いと言っておこう。
「あーっ!れおちゃんだぁーっ!おっはよぉーっ!」
「あ!やっちゃんおっはよーう!」
窓から顔を覗かせ手を振る泰子に、玲央も元気に答える。
実は玲央は、たまに高須家で食事を共にする仲なのである。逆もまた然り。
「わかったから行くぞほら!」
いってらっしゃあーい!というノーテンキな声に、泰子の姿が見えなくなるまで手を振る玲央を竜児が引きずり、二人は学校へ向かう。
「なーんだ竜児?相っ変わらず気にしてんのか?自分の目付き」
首の後ろで手を組みてくてくと歩く玲央は、いつも通りに他人の目を気にして前髪をいじる癖を発動している竜児に問い掛ける。
「……当たり前だろ……」
俯き、なるべく前を見ないよーに見ないよーにと気を付けながら答える。
「そーんな気にすんなって!その鋭い目付きがかっこいいーっていう子もいるかもしんねーだろ?」
その言葉と先程の泰子の言葉が脳内で被る。
「……泰子ぐらいだそんなもん……あいつが褒めるこ目付きのせいで俺は……」
「おーい!待てよー!」
ドンっ!と、竜児達の前にいる友人に追い付こうと後ろから駆けてきた少年が竜児の肩にぶつかった。
「げっ!?」
まず前にいた方の少年が悲鳴を上げる。
「うわあっ!?」
続いて自分がぶつかった相手が誰かを確認した少年も驚愕する。
「……あぁん……?」
ぶっきらぼうな竜児の反応。
竜児はただぶっきらぼうな「だけ」なのだ。
そして普通に「ごく普通に」ぶつかってきた相手に視線を向けただけ。
それなのにこの有り様である。
「「たったたたた高須君!?」」
「おっおおおおお前なにやってんだよおお!?」
「いっいやいやわざとじゃ……」
二人同時に財布を差し出し。
「「これで勘弁してください!!」」
「……えっ……?」
二人は竜児が戸惑っているとは露知らず。
「今これしか無いんですうう!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら。
「ホントですう!ほら!チャラチャラいわないでしょお?」
「……いやぁ……あの……」
「「すっすみませえええええん!!!」」
全力で逃亡する二人。
残されたのはカツアゲ完了後の竜児。
事実は少々、いや根本的に異なるのだが、周囲の人々からは 怖ーい。だの人殺しの目よ。 だの散々な言われようである。
こんな時こその親友は…
「……くっくっく……お……おま……オートカツアゲとか……クオリティ高すぎ……だぁーっはははははぁー!」
涙ながらに爆笑していた。