とらドラ!で妄想

□第1話
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in 大橋高校


学校に着いた二人はとりあえず事務室に直行。
落し物入れに「拾った」財布を入れ、事務のおじさんに「また君かーよく拾うねー」という恐縮の言葉を頂いた。
竜児は複雑な気持ちでその言葉を受け止める。
だがいつもの事だ。もう慣れた。
道中ちゃっかり「拾った」財布の中身をちょろまかそうとする玲央をなだめるのもいつもの事だ。もう慣れた。


そして本日の最大のイベント会場。
一階廊下の掲示板前。

「あ!おんなじクラスだよーっ!」
「ほんとだ!やったねーっ!」

そちらこちらで喜びの声が上がる。
ご多分に漏れず、竜児もその中の一人であった。

しかし喜びを噛み締めている竜児を見た者は、みな一様に石化していた。

それもそのはず。
絶賛メデューサアイ発動中。

完全にイッちゃってる薬物中毒者がニヤリと笑って掲示板を瞬きもせず凝視(喜びを噛み締める竜児の一般人視点)しているんだからそりゃこえーよ。
やべーよ。

玲央が「おい竜児!顔面!」つって気合の一発をお見舞い☆したから事無きを得たものの、あと少し遅かったら阿鼻叫喚と化していただろう。
危ない危ない。



「まーでも良かったじゃねーか?想い人と同じクラスになれて」

ニヤーリと笑って竜児をおちょくる玲央。

「……お、おぅ……」

俯き、前髪をいじり、少し頬を赤く染める竜児。
すげー嬉しそう。

「よっ!」

と、そこに竜児の肩を叩いて挨拶を交わす者がいた。
玲央と同じく、竜児のヤバい視線に晒されても狼狽える事すらしない稀有な存在。

「今年も同じクラスだな、高須」

「…北村!」

「お、ゆーさくぅ!おっはよーさん!」

ナイスメガネな生徒会副委員長、北村 祐作である。

「今年は伊吹も一緒だな!楽しい一年になりそうだ!」

ギャラリーが不思議そうに見守る中、目付きヤンキー+見た目ヤンキー+優等生は微笑み合った。

目立ち過ぎだお前ら…




after 始業式




『これにて、本年度の始業式をうんぬんかんぬん……各自教室に戻りなんやかんや……』

マニュアル通りに垂れ流される校内放送を聞き流しながら、やたら目立つ三人は新しい自分達の教室にだべりながら移動中。

「……はぁ……新しいクラス……またみんなの誤解を解くとこから始めなきゃなのか……」

非常に憂鬱な表情でぼやく竜児。
竜児ほど第一印象で損をしている者はなかなかいないだろう。

「だーいじょぶだって!少なくとも全員じゃねーだろ?」

竜児の背をバシッと叩きながら心配すんな!と元気付けようとする玲央。それに北村も続き、

「そうだぞ高須!俺や伊吹は分かっているからな!」

と、サムアップのオマケつきで励ます。

「……あぁ……ありがと」

返事だけ聞けばやはりぶっきらぼうなものの、竜児の口元には僅かだが笑みが差していた。

「怖がられたままじゃ彼女もできねーしなぁー」

竜児の顔を覘き込みながら、意味ありげーににやけておちょくる玲央。

「ば、ばかやろ!なに言ってんだ!?」

突然の言葉に明らかに狼狽えながら仰け反る竜児。ついでに頬には朱の色が混じっている。いじり甲斐のある奴だ。

「なんだ高須?彼女が欲しいのか?」

北村も興味津々に竜児の顔を覘き込む。

「……べ、別に……俺は……」

ごにょごにょと呟きながら前髪を弄ぶ竜児に追い打ちをかける玲央。

「まったまたぁ!今回のクラス替えで「だーーーーーーっ!!!」

間一髪で口封じのヘッドロック!
突然のヤンキーの叫びに周囲の生徒達がビクッ!となったのはご愛嬌。

「お、おまえ!余計な事言うんじゃねー!」

「いーじゃねーか別に!減るもんじゃねーし!」

「おい高須!この俺に隠し事か?水臭いぞ!」

廊下の真ん中でコント始めるなお前ら。すげー邪魔だぞ。
しかしここで主に竜児にとって思わぬ事態。

「や!北村くん!」

その声に聞き覚えがあるどころか、特別な感情すら抱く竜児の心臓は一気に跳ね上がる。
そして竜児の口封じに抗っていた玲央は、急に弛緩した竜児の腕からすぽん!と抜け出し、よたよたと後方に二、三歩よろめき、ほっ!という元気な掛け声と共に、先程の声の主が玲央の背中を支えた。振り向く玲央の視線の先には…

「伊吹くんもおはよ!」

太陽のように弾ける明るい笑顔で暖かく朝の挨拶をする少女。
対する玲央も挨拶を「のわあああああぁぁぁぁ!!!!」
交わさずに全力で後退りした。

しーん……と、数秒の沈黙の後、

「……相変わらずかねぇ……伊吹くんや……」

腕を組み、呆れたように呟く少女。
何も知らない女子ならば、多少なりともショックを受けるであろう反応を受けながらも彼女がこう返せるのは、玲央の体質を知っているからこそであった。

「す、すまねぇみのり……やっぱ背後から突然来られると身体が勝手に……」

女性恐怖症。
それが先程の玲央の反応の理由であった。
ついでに言うと、ぷるぷると若干震えてすらいる。重症ですはい。

「そういえば伊吹は女嫌いだったな」

おぅ!櫛枝!と彼女に挨拶を交わしてから少々ズレた言い回しをする北村。

「おい誤解を招く言い方するな!女の子は大好きだぞ俺は!」

「高らかに女好き宣言するのもどうかと思うがねぇ……わたしゃぁ……」

「ちっがぁう!そーゆー事じゃねーよ!」

「あっはは!じょーだんだよー!それより今年はみんな同じクラスだね!」

「お前もC組か!奇遇だな!今年は部長会議が楽でいい」

「そーだね!伊吹くんは去年から一緒なんだからすこーしぐらい慣れてくれてもいいのにねぇー……」

「正面から近付いてくりゃこーはならねーんだよ!……あぁようやく落ち着いてきた……心臓に悪いぜまったく……」

身体の震えも収まり、気を取り直して緊張で固まって一言も発せないままでいる竜児の隣まで戻る玲央。

「あれ?高須くん……だよね?私の事覚えてる?何度か北村くんや伊吹くんの周りでニアミスしてるんだけど」

ててっと竜児に近付き、輝く微笑みで挨拶を交わす。横ではうおっ!?と悲鳴を上げて北村に抱き着く玲央。別にそっちの気がある訳では無いので注意が必要。ちなみに玲央の腕はしっかりと北村の首を締め上げている。いわゆるチョークスリーパー。これは危険。

「……く、櫛枝実乃梨……だろ……?」

憧れの太陽を直視できず、視線を逸らしながらつっけんどんな響きで返す竜児。その頬はほのかに赤く染まっている。太陽に焼かれたんだね。うんうん。

「あらあらまあ!フルネームで覚えてくれちゃって!うれしいかも〜っ!」

無愛想な返事しかできない己を責めていた竜児だったが、櫛枝が「嬉しい」と…喜んでくれたと…その事実が更に竜児の心臓の動悸を激しくさせる。

「んでわでわぁ!共に爽やかに〜朗らかに〜青春をえんじょいしようではないかぁ〜!うわあーっはっはっはー!」

高らかに笑いながら教室に消えていく櫛枝だった。

「……あんにゃろ……ぜってえわざとだろ……」

未だ北村の首をキメながら冷や汗を流す玲央。
パンパン!と玲央の腕をタップする北村。
そろそろ離してやれ。
かくいう竜児は先程の櫛枝との会話の余韻に浸りニヤついている。掲示板前の表情再来だ。
周囲からはまたしても「怖ぁ…」などの声が漏れ聞こえてくる。

「……おい竜児……」

げほげほと咳き込む北村の背中を摩りながら、またやべー顔面してるぞと諭す玲央。

「……あ、あぁ……ちょっと、トイレ行ってくるわ……」

新担任が来るまでは、引きこもって先程の余韻を楽しもうと歩き出す。

「あいよー。俺ら先教室行ってるからな!」

わりーわりーと悪気も無さそうに北村の背を押してやりながら、二人は教室に向かう。

んふふーと隠し切れない嬉しさを抑える+他人の目を気にするあまり、得意の前髪いじり+俯きで前を見ていない竜児。
前見ねーとあぶねーぞ。
と、言ってるそばからぼすん!と竜児の腹に軽い衝撃があった。
前方不注意による衝突事故発生。
まぁ春ですから。
浮かれるのも無理は無い。

ふと我に返った竜児は前を見る。
が、誰もいない。
キョロキョロと見回しても近くには誰もいない。
視界に入るのは、「……おぉ……早くも頂上決戦か……!?」だの「……さすが高須くん……先手を取って動いたか……!」だの訳のわからん事をざわざわと言い合っている新しいクラスメートなどなど…

そしてふと、視線を下げてみる。

つむじが見えた。

様々な感情が渦巻く中、取り分け大きく主張していた「驚き」に従い、うおっ!?と声を上げて一歩後退する。

そこで改めて、自分がぶつかった相手の全貌を確認した。

―――お人形みたいだ…

まず最初に思ったのは、それだった。

竜児の胸元辺りまでしかない、小さく、細い身体。

腰よりも下まで伸びた、長く、ふんわりとした淡い栗色の髪。

そのお人形さんは俯き、竜児とぶつかったであろう額を無造作に撫でていた。

あまりに儚げに見えた「それ」に、ある種の感動を覚えていた竜児だったが、その評価とはまるで正反対の仕打ちを受ける事になる。

「それ」は、額を撫でていた掌を強く握り、拳に変えた。

そして俯いた顔を上げると、そこには獰猛な獣そのものの、鈍く光り、獲物を見据える、凶悪な二つの瞳が埋め込まれていた。

―――っっ!

思いも寄らぬ、威圧的なその瞳に気圧され、竜児はさらに一歩意図せず退く事となった。

そこに、誰かが呟いた言葉が、竜児の耳を打つ。

―――手乗りタイガー……

その言葉と、目の前にいる人物を照らし合わせ、そして納得する。

「……なるほど……手乗りタイガッ!?……」

竜児がつい口走ってしまったその言葉を言い終わる前に、「それ」は一歩踏み込み、絶妙な角度とタイミングで、竜児の顎に、いわゆる「タイガーアッパーカット」をクリーンヒットさせていた。

薄れ逝く意識の中……

―――なんだよ……ピッタリじゃねぇか……

新規更新された評価と、蔑むかのような虎の瞳だけが、脳裏にこびりついていた。
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