とらドラ!で妄想

□第1話
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―――ドサッ!……



おおおぉぉおおおぉぉ!!!



一撃で意識を飛ばされた竜児が倒れ込み、一拍置いて、ギャラリーの悲鳴やら歓声やらの入り混じった十数人の叫びが廊下に響き渡る。

その騒ぎを聞きつけ、近隣のクラスからさらにギャラリーが沸き出てくる。

「うるっせぇなー、なんだってンだまったく……」

「もうすぐHRが始まるってのに……この騒ぎは一体何事だ!?」

玲央と北村も廊下に出た。

生徒会副会長としての責任感と、こーゆー状況は得意分野でしょ?と、遺憾な信頼を受け、送り出された二人は事態の鎮圧の為に、騒ぎの中心に向かった。


「ほらほら!玲央さんのお通りだぜ!通してくれやー!」

「みんな教室に入ってくれー!もうすぐ先生達も来るだろー!」

この学校内でも頼りになると有名な二人組が駆け付けた為、ぱらぱらと教室に戻る者も出始めるが、人の群れでごった返し、ヒートアップした場はそう簡単には治まらない。

そこで二人は二手に別れる事にした。

玲央が事態の中心に向かい、北村がギャラリーを落ち着かせる。

北村が声を張り上げ張り上げ、ギャラリーをなだめる中、玲央はなんと、窓の外に出て、サッシのレールの僅かな出っ張り部分と、校舎の外壁の僅かな梁の部分をつたい、しかも歩くのと対して変わらぬ速度で横移動をやってのけ、ものの数秒で事態の中心部に辿り着いた。
実際、こんな芸当は玲央からすれば朝飯前なのだ。
今は、運動神経「だけ」は人間離れしているから、とだけ言っておこう。

おら邪魔だ邪魔!と、窓の前に群れてるギャラリー達に促し、ひょいっと廊下に舞い戻った。

そして予想通りの人物を発見し、

「お!やっぱり大河だったのか!てゆーか来んの遅ぇーよお前!」

不機嫌な表情のまま振り向く手乗りタイガー、もとい逢坂大河。
そして何か言葉を発そうと口を開く。

が、玲央の登場により、さらにおぉー!と沸き立つギャラリー。

「……うるせぇ……」

少々俯き、感情を押し殺したかのような氷点下の響きを含んだ言葉が紡がれる。
最前列にいた者の耳には、寒気がするほど冷たく、かつ不自然な程はっきりと耳を打たれ、呼吸すら止まる程の恐怖に襲われた。

しかし後方の者達には流石に届く筈も無く、未だに「……おぉ……「タイガーの兄獅子」の登場だ……」だの「……この学校最大の事態に「眠れる大橋大帝レオ」も黙っちゃいないかぁ〜……」だの、好き勝手喚き散らしている。

いい加減聞き分けの無いギャラリー達が、少しばかり玲央の導火線に火を着けてしまった。


「……ぅるせぇってのが聞こえねぇかぁ!!!」



―――獅子が吠えた……



かのように感じたギャラリー達は、一瞬で、水を打ったように静まり返った。

今の玲央の一声は、それほどまでの気迫と、有無を言わせぬ威圧感を孕んでいた。

たった一人で、二十人を越える人数を圧倒していた。

その場にいた、大河を除く全員が、頭の中が真っ白になり、全身が縛り上げられたように動けなくなり、質量を持った何かを胸にぶち当てられたかのように呼吸すらままならなくなっていた。

極度の緊張感により、泣き出してしまう女子もあった。

そこで玲央は我に返り、

「……わかればよろしい!さ、教室戻れーっ!」

と、先程までと対照的に、朗らかな笑顔で皆を促がした。

絶対零度の空気が一気に溶け出し、廊下中に深い溜め息が溢れ、先程までの騒ぎが嘘のように、誰一人、一言も発する事もなく、各々の教室へと引き下がっていった。


「……またやっちまった……」

ばつが悪そうに頭を掻きながら、苦笑いを大河に向ける玲央。

「……学習能力無さすぎなのよ……バカ兄……」

大きな瞳をいっぱいに開き、目をまん丸くしていた大河だったが、玲央に言葉を掛けられ、はっとしたように先程までの不機嫌な表情に戻し毒づいた。

「う、うっせえな!お前には言われたくねーよちくしょう!……つーかなに俺の親友KOしてくれてんだお前は!」

「そいつが悪いのよ。ひとにぶつかっておいて、謝る事もしないんだから」

鬱陶しい奴…と、竜児を顎で示し、腕を組んでのたまった。

「おーい!大丈夫か竜児?……つーかお前なんでそんなに朝から機嫌悪いんだ?」

未だ意識の戻らない竜児の頬をぺちぺちと軽くはたいて気付けを行いながら問う。

「……自分の胸に聞くがいいわ、鈍たむ○んが……」

大河はぷいっとそっぽを向き、教室に向かって歩き始めてしまった。

「シシマイとかけんじゃねーよ、つーか鈍ってなんの事……おぉ竜児!気が付いたか!」

まだ大河に問い質したい事のあった玲央であったが、うぅっ…という呻き声と共に目覚めた竜児を支えてやる為に、追及を一時中断した。

「立てるか竜児?いい加減先生来ちまうから、急いで教室戻らねぇと」

「……う、いっつ……あぁ、なんとか大丈夫みたいだ……俺、確か手乗りタイガーにぶっとばされて……」

竜児は未だズキズキと痛む顎を抑えながら、玲央に肩を借りて立ち上がり、記憶の整理をしてみる。

「あぁ、あのアホ…逢坂大河って名前なんだが、あいつにいいのもらっちまったみたいだな。いやー悪いな竜児、あいつ丁度機嫌悪かったみたいでよ。その機嫌が悪いのも俺のせいみたいだわ」

玲央はたはは、と苦笑いを向けながら竜児に詫びを入れ、大河の方に視線を向ける。
大河は既に教室の前まで行き、後から出てきた実乃梨と何やら話をしているようだった。
北村の姿は無く、どうやら事態は終息したと、クラスに説明をしているようだった。

「逢坂…大河…櫛枝と仲がいいんだな……そういえばお前も……」

竜児は二人がじゃれ合う様子を、呆然と眺めながら呟いた。
確かに二人は仲がいい。
お互いに「たいがー」「みのりん」などと呼び合っている。
竜児の心には複雑な感情が渦巻いている事だろう。

「あぁ、俺も含めて去年は同じクラスだったからな。つーかお前大河と初対面だっけ?」

「……おぅ……」

「あっれぇー?お前俺と結構つるんでたから会った事あるもんだと思ってたわ」

と、言うより、このやたらと噂話やら伝説やら七不思議やらが好きな学校に通っていて、手乗りタイガーを知らぬ者がいる事自体不思議である。
「手乗りタイガー」「眠れる大橋大帝レオ」「ヤンキー高須」この三人は色んな意味でこの学校では特に知名度が高いと言っても過言では無いと言えよう。
噂される当人達は、その噂によって不利益を得る事が多いのであろうし、噂に関して無頓着になるのも仕方無いのかもしれないが……

―――キーンコーンカーンコーン……

「お、やべぇ先生来ちまう!とりあえず教室行こうぜ!」

「……おぅ……」

相変わらず竜児は上の空で返事をし、玲央の肩を借りながら教室に戻った。
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