とらドラ!で妄想
□第1話
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2−C
新学年、新クラスでの初HRが終わり、新しいクラスメートとなった友人達とおしゃべりを交わし、にわかに活気づく教室。
竜児は初対面にて顎をカチ上げられるという素敵な出会いを交わした大河…と、談笑している実乃梨を呪い殺すかのような眼光を放ち、凝視していた。いや訂正、生暖かい目で盗み見ていた。
「にしてもたいがあ、遅かったじゃん!始業式さぼったね?」
「寝坊しちゃったの。そんなことより、今年もみのりんと同じクラスでよかった」
「うん!私も嬉しいよ!」
自分の席に座り、机に肘をつけ、掌に顎をのせてほのかに微笑む大河と、大河の机の隣に
しゃがみこんでにこにこしいている
実乃梨。
「俺もまた一緒だぜ?大河!」
実乃梨と机を挟んで反対側に現れたのは玲央だ。
「おやおやぁー!お兄ちゃん登場ですな!?」
「またこの3人揃うとは「……うーりゃあー!!」ぱしっ
突然、気合の掛け声と共に、虎の俊敏さで立ち上がると同時に竜児を廊下に沈めたあの一撃を放つ。
が、大河の放った右拳は玲央の表情すら変えられず、右手で軽々とキャッチされていた。
「……思わなかったぜー」
事も無げに中断された言葉を続ける玲央。
「……せぇいっっ!!」
続け様に、右腕を封じられたまま反時計回りに回転しつつ飛び上がり、飛び後ろ廻し蹴りを放…とうと左足を振り上げる寸前で起点となる左腰を、空いている方の左の掌で抑えられ、大河の身体は空中で静止する。
その瞬間に右腕を放し、両手で腰を掴んでひょいっ持ち上げる。高い高いでもするかのように。
「ぅぁあっ!?ちょ、ちょ、ちょ……」
「まだまだ甘いな?」
慌てる大河に不敵に笑いかける玲央。
「う、うっさいわねぇ!早く降ろせぇ!ぱぱぱパンツ見えちゃうでしょこのエロ兄貴ぃ!」
「へいへい」
恥じらいに頬を赤く染め、スカートを抑えながら暴れる大河を降ろし、すとんと元いた席に座らせる。
((((((……おぉ……すげぇ……))))))
目の前で繰り広げられた、安っぽい映画や舞台以上の光景に、早くもクラスの9割の心が一つになった。
「相変わらず見事な大河捌きであります師匠!」
既にこの光景に見慣れた実乃梨は、敬礼をもって玲央を褒め称える。
「ふっふっふ……こいつの攻撃は全て見切っているのだよ……」
大河の頭をぽんぽんと叩きながら、どこぞの格闘マンガのセリフで称賛に応える。
大河は足を組み、悔しそうにぶすっくれて舌打ちをかます。
「んで、朝から不機嫌な理由は?」
大河の顔を覗き込むようにしゃがみこむ。
「なによあんた!本気で忘れたってぇの!?」
ダンっ!と怒りを机にぶつけ、おもいっきり眉間に皺を寄せ、睨みつけながら吠える。
「……ん〜?……この間作ってやったヌンチャクが三節根にでもなっちまったか?」
「ちっぐわああぁう!!!だからぁ!……あぁもう……ちょっと場所変えるわよ!バカ兄貴!」
「おいそこ引っ張んな!漏れる漏れる!内臓が」
ノーテンキな顔してトンデモな発言をする玲央に、このままじゃ埒があかねぇよアホ兄貴!と思った大河は、玲央の腰からぶら下がっているウォレットチェーンを引っ張り、人目をはばかるようにそそくさと教室を後にした。
獅子虎兄妹のドタバタコントに聞き入っていた教室内は、しーん……と嵐の後の静けさの中で、
うう……兄妹の愛には敵わないぜ……おーいおいおい……
という置いてきぼりにされた実乃梨の悲しげな啜り泣きだけが響き、
((((((……あぁ……このクラスは退屈しなさそうだなぁ……))))))
9割方不安を含んだ確信を得た2−Cの面々であった。
竜児は少々複雑な気持ちだった。
あの二人本当に兄妹みたいだな……でも苗字違うし……などと深入りしかけてみたり。
知ってはいたが玲央の奴、やっぱり櫛枝と仲がいいな……でもこれは玲央を通して俺も仲良くなるチャンス?……と邪推してみたり。
でも逢坂とも友達なんだよな……もう失神させられるのは御免だぞ……と冷たい汗を流したり。
櫛枝……置いてきぼりにされてかわいそうに……でも泣いてる姿もかわいいな……とニヤけてみたり……
まだ痛む顎をさすりながら悶々と考え込んでいるところで、
「大丈夫か?」
北村に声をかけられ、思考を中断される。
「お、おぅ……まぁな」
大した事はないと、僅かに口元を緩めて答える竜児。
「そうか!でもまぁ……」
竜児の様子から大丈夫そうだと安心した北村は、言葉を区切って談笑しているクラスメートに目を向け、竜児もそれに倣う。
二人の視線の先では……
「すごかったよねぇ!逢坂さんと高須くん!」
「それに伊吹くんもね!」
「やっぱ手乗りタイガー強ぇなぁー!」
「兄の方はもっと強そうだったけどなー!」
「つか高須って、見た目怖いだけでヤンキーじゃねぇし!」
「そうなの?」
「にしてもあの二人!ホントに兄妹って感じで、なんか微笑ましかったよねぇー!」
……という話題が飛び交っていた。
「誤解は早く解けそうじゃないか?」
「……うーん……」
やや満足そうに微笑む北村だが、竜児の表情は冴えない。
そこからも、去年のクラスで皆の誤解を解くために、どれ程の苦労を強いられたのかが伺い知れるというものだ。
***屋上
「……うーん……いい天気だ!風が気持ちいいぜ〜……」
暖かな太陽の恵みをいっぱいに吸い込み、ぐいーっと伸びをする。
爽やかな春の風が吹き抜け、桜の花びらをひらり、ひらりと三階建ての校舎のさらに上空にまで舞い踊らせている。
しかし今、この場所で季節限定の貴重な景色を眺めている者はたった二人だけである。
それもその筈。
始業式が終わり、HRも終わった。
部活動に向かう者、午後の有意義な時間を満喫しようと下校する者、進路調査表未提出の為職員室に呼び出される者などなど……
明日から再び始まる授業に屈服してたまるかと、春休みの余韻に浸りたくなってしまうものだ。
そして奇しくも屋上…男女二人…放課後…桜吹雪…
告白という学生の醍醐味を味わうには十分過ぎる状況が出揃った中ではあるが。
この場にいるのは、獅子と虎の兄妹である。
ある意味この学校内で、最もそれから掛け離れた場所にいる二人組なのだ。
いや別に血の繋がった兄妹ではもちろん、ない。
しかし去年の一年間で、互いに築き上げてしまった別の形の信頼関係の元、そういった感情が割り込む余地は毛筋程も無いという、ぶっちゃけ恋人以上の間柄になってしまった為だ。
それ故に、自他共に認める「獅子虎兄妹」の称号を得る事になった。
「……ほれ」
日光に当てられ、心地よい暖かさに眠気を誘われたのか、
ふわぁ…とあくびをする大河に、いつの間に
買ったのだろうミルクティーを投げ渡す。
不意を突かれ、おっとっとと二、三度お手玉をした後、無事にキャッチ。
ふんっ!と鼻を鳴らしてからプルタブを空け、腰に手をあて喉を鳴らして一気に飲み干す。
別段、それほど喉が渇いていた、という訳ではない。
「……んで?」
苛立ちを隠そうともしない大河の飲みっぷりを見ながら相変わらずのんきに聞く。
「……んぐっ……んぐっ……ぷはぁっ!あんたはケータイをチェックするという習慣はないのかあああぁぁぁ!!!」
飲み干すや否や、怒涛の怒りを込めた空き缶を玲央にぶん投げる。
横向きになり、激しい回転と共に暖色に染まる風を、桜の花びらもろとも切り裂き迫る空き缶を…
ぱしっ
と軽々受け止める玲央。
彼からすれば、コミュニケーションのキャッチボール程度なのだろう。
いや実際そうなのだ。
玲央には、大河とのこういうやりとりそのものを楽しんでいるように見える。
「ケータイ……?あぁ、サイレントにしてたの忘れてた!わりーわりー!」
「あほかーーーーー!!!」
「いちいち叫ばなくてもきこえる……て、なんだこりゃ!着信26件て……あぁしかも最初の着信10時ぐらいじゃねぇか。俺昨日9時には寝ちまってたぞ?」
「早っ!小学生か!使えなさすぎんのよばか兄ー!このー!」
一発カマしてやろうと玲央に向かい突進する大河。
「仕方ねぇだろー?前の日オールして寝てなかったんだからよー」
突っ込んでくる大河の頭を抑えて止める。
「ふぬうううぅぅぅ!!!ばかばかばか!!!手伝ってくれるって言ったあああ!!!」
頭を抑えられながれ両腕をぐるぐるぐるぐる…
アニメでよく見るあのシーン。
リーチの賜物。
「手伝うって……あーあれか!まさか新学期早々やると思うかよ!?」
「えっ……や、やっぱり……ままままだ早いかなぁ……」
玲央の当然とも言える言葉に急に勢いを無くし、頬を桜色に染めて語尾に力も無くなる。
「うーん……でもお前が長い事暖めてきた想いなわけだし……やってみる価値はあるかもな!」
「でしょでしょ!」
パァッと花が咲くように微笑む大河。
コロコロと目覚ましく変わる表情に微笑む玲央は、大河の頭を撫でながら、
「うんうん!想いは伝えなきゃな!」
ガッツポーズを作り、大河を励ます。
「おーう!」
大河も元気よくガッツポーズで返す。
「んで……ちゃんと書けたのか?」
「……うん……一応書けたけど……やっぱちょっと心配というか……なんというか……その……だからあんたに色々見てもらおうと思ってたのにぃ!バカ!アホ!たむ○ん!」
「だーから俺はふんどしにグラサンなんてスタイリッシュなマネはできねぇっつーの!大丈夫だって!お前自身の大事な想いが詰まってるんだから!あとはぶつけるだけだろ?」
「……がんばる……!」
そう答える大河の瞳には、獲物を狙う肉食獣の強い意志が感じられた。
「よし!んじゃ俺はちょいと野暮用があるから、あとは頑張れよ!」
ひょいっとフェンスを飛び越え、まるで身投げでもするかのような場所に立つ。
真下を見ると、遠くに地面が見える。
「えぇぇえっ!?また野暮用?わたし一人で行かせるつもりなの!?」
玲央の行動には目もくれず、不安そうな声をあげる。
どうやらこれも、いつもの事のようだ。
「あったりまえだろ!つーか鞄に入れるだけなんだから一緒に行く必要無ぇだろ?用が済んだらお前ん家に様子見に行くから!そん時に情け無ぇツラ見せんなよ?じゃぁな!」
「ちょ、ちょっとおー!」
そう言葉を残し、屋上から飛び降りた……ように見せて屋上から一階まで伸びる雨樋をつたってするすると下りていった。
それでも十分人間離れし過ぎです。
「……ばか……」
玲央がさっきまでいた場所を恨めしそうに見つめ、それだけ呟く。
そして意を決した用に顔を引き締め、風に後押しされるように屋上を後にした。