氷帝
□かみきりたい
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それから私と滝との一進一退の攻防戦が始まった。
おはようからさよならまでハサミと一緒。滝に会えばすぐ切らせろと頼む。笑顔で。
滝はというと、おはようからさよならまでハサミから逃げる。私に会えば嫌だと断る。笑顔で。
くそう、滝のためにどれだけの友人を犠牲にしたと思っているんだ。
私だって最初から切るのうまかったわけじゃない。滝の髪を切ることを夢に友達に触れ回ったのだ。
髪を切らせてくれ、と。
何人かの子が切らせてくれた。信用してくれてたんだよ嬉しい。
そして着々とうまくなってってやっと滝の髪を切れるくらいになったんだ。
「だから切らせろ」
「嫌だよ」
「滝の馬鹿野郎。一回髪燃えろ」
「燃えないように頑張るよ」
「そんな答えを欲しているわけじゃない」
この戦いが始まって早一週間。
新しく買ったハサミがもったいないだとか、髪はいずれ切らねばならないだとか、滝を説得しようと頑張ったが無理だった。
嫌だよ、と軽々拒否する。断り方がいっそ清々しくて泣ける。私こんなに切りたいのに拒否とか酷いぜ滝さんよ。
「なあなあ! 切らせてよ!」
「嫌だってば」
「けち! いつもはあんなにいいヤツなのに!」
「髪ってそうそう人に切らせるものじゃないでしょ」
「いいじゃんまた伸びるのに! 一センチでいいから切らせろ!」
「一センチって切ってみたら結構短くなるんだよ? ふざけてるの?」
「私は真剣にお前の髪を切りたいんだよ!」
「テンション高い、もうちょっと下げて」
「話変えんな!」
切りたいのに切らせてくれないから私のイライラは溜まりに溜まるばかりだ。切らせろし。
ちょっとでいいから切らせろし!
「前髪! 前髪一センチだけでいいから! できるだけ切ったの気付かれないくらいにするから!」
「やだよ、神木失敗しそう」
「しないから切らせてくれ滝……」
もう後半は半泣き状態だ。切りたい切りたい切りたい。
てか、あれ? 私なんで髪切ることにこんなに執着してるんだ?
「……そうだよな、髪がサラッサラな子なんていっぱいいるもんな」
「そうだね、だから他をあたってほしいな」
「……うん、わかった。他をあたる。よく考えたら女の子の方がいいにおいするからそっちの方がいいかなー。滝ってこう見えても男だし。男って汗臭そう」
「オレは汗臭くなんかないよ」
「いやわかんねえよ? もしかしたら自分で気付いてないだけで汗臭いかもしれない」
「よく傍にいるからわかるでしょ? 部活中は汗臭いの当たり前だけど、ちゃんと周りに配慮して臭わないようにしてるよ」
「傍にいる限りにおわないけど、そんなに髪が長いと絶対むれるって。どんなに配慮したって完全には無理だって」
「じゃあ触ってみなよ、絶対大丈夫だから」
「いやいやいや、触ったら切りたくなるしいいよ」
「いいから触ってみなって」
なんだこいつ、切られてもいいってのか。つかこいつ汗臭いとか言われんの嫌なのか、そうなのかこいつは。
触ったら切っちゃうよ? 切っちゃうけどいいんだったら触るよ?
そう言ったら滝は迷ったように少しだけ表情を変えた。なんだこいつ本当に汗臭いって言われるの嫌なのか。
「ちょ……ちょっとだけなら、三ミリくらいなら切っていいから触りなよ」
「三ミリて。せめて五ミリ」
「四! 四ミリ!」
「やだよ五ミリ。いくら自信があるからってそんな細かくとか無理だよ」
「くっ……」
苦しそうに悩む滝を見るのは面白いかもしれない。
自然とにやけてくるのがわかる。うわあ、私気持ち悪い。
口元を隠しながら「どうするどうする?」と訊いてみる。気持ち悪いよ、と切り返された。死にたい。
「ああもう! いいよ五ミリだよね!? ちゃんと切ったってわからないくらいにしてよ!」
「っしゃいまかせろ! やったね切れるぜ!」