氷帝

□じゃんけんしよう
1ページ/1ページ

「たーきさん」
「なに?」
「じゃんけんしよう」


 なんとなく、なんとなくだ。
 無性にじゃんけんがしたくなって誰か頼める人はいないかと廊下に出てみると、良い人として有名な滝さんがいた。
 声をかければいいよとの返事が。やっぱり良い人。


「いくぞ……母なる大地とすべてを包む大空、そして二つを切り裂く境界線よ、我に力を!」
「マルフォイ、ハリー、ヴォルデモート、オレに勝利を!」
「ちょっと待って滝さん、なんかおかしいよそれ」
「そんなこと言ったら神木のだって中二病臭いよ」


 私と滝さんは良きじゃんけん友達なのだ。
私が無性にじゃんけんをしたくなると、滝さんはいつもいいタイミングで私の傍にいて、声をかければ変なテンションでじゃんけんを始める私に変なテンションで応じてくれる。
 ……良い人すぎて泣ける。


「さすがにハリーポッターネタはよくわかんないよ。よくどころかまったくわかんないよ。どれがどれか意味がわからん」
「神木のだって大概わかりにくいよ?」
「大地はグー、大空はパー、境界線はチョキだろわかるじゃん」
「わからない人もいるかもしれないでしょう?」
「それ言ったらおしまいだよ」
「ほら、グーがマルフォイでパーがハリーでチョキがヴォルデモート。完璧でしょ」
「どこが? ねえそれは理解できない私がおかしいのかな?」


 どうしてだろう、いつもなら滝さんが私のテンションがおかしすぎてついていけなくなるのに、今日は私が滝さんのテンションについていけない。
 よもや滝さん、どこかで悟りでも開いてきたのだろうか。


「ないないない。そんなことありえないよ。変なことは考えないほうがいいと思うけど」
「ん? 滝さん私の心読んだ?」
「読んでない、口に出てた」
「まじかよ嘘だろ」
「ほんとだよ」


 まあそんなお話はどうでもいいとして、これはあり得ない事態に陥ってしまったぞ。
 あの滝さんを私が壊してしまったとなれば、きっと私女子から驚くほどのバッシングを受けることになってしまう。
 
 さて、どう修復しよう。

「滝さん滝さん、何か変なものでも食べた?」
「別に食べてないよ?」
「じゃあ頭ぶつけたりしなかったか?」
「それも別に?」
「くっそ完全に私のせいかアアアアアアアアアアアアアア!!」


 何をそんなに嘆いてるの?
 そういつものあの美しい微笑みを向けてきた滝さん。あなたのその美しさを私が壊してしまったかもしれないから嘆いているんだ察せ。
 くそ、どうしたら、どうしたら……。つぶやき続ける私に、もしかして、と滝さんがつぶやいた。


「オレが今こんなテンションだから?」
「わかってくれた!!」
「残念だけど、オレこのテンションやめる気ないよ?」
「どうしてだ!? どうして自ら美しさを手放そうとするんだ!?」
「……よくわからないけど、オレ、とりあえずしばらくは神木の前でこのテンションで行くことにしたから」
「ますますわかんなくなった! なんで! 私の前で! そんなことを!」


 さあ? どうしてだと思う?
 もうそんな美しい微笑みを向けないでくれ。小首傾げたりしないでくれ確信犯か。
 なんとかどうしてもとに戻らないか考えを巡らせてみるけれど、やっぱりよくわからない。まったくもって一ミリもわからない。


 そんなことより滝さんがこんなテンションだから、いつもならじゃんけんが終わればすぐに別れているはずなのにずっといる。
 そっちのほうが不思議だ、意味がわからない。


「もしかしてさあ……滝さん私に構われたい? いやいやないねそれはごめんあり得ないこと言ってごめん」
「……やるねー。さすが神木」
「えっ、嘘だそんなはずはない嘘だ」
「本当だって言ったら?」
「……ごっ」




 ごめんなさいほんと無理です時間くださいいいいいいいいいいい!!!!!!!!




 授業開始直前、全力疾走しながら叫んだ言葉が、予想外にもかなり響いてしまった。

 もちろん授業に遅刻、説教を食らったのは言うまでもない。






じゃんけんしよう




(どうしよう壊しちまったどうしよう)
(壊れてないって)
(この状態で壊れてないとか一体何なんだよ滝さんおかしい)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ