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□HAPPY BIRTHDAY
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Happy Birthday To You!



「よっ、いーたん」
「……どっから湧いて出やがった、零崎」
「あ、ひっでえの。わざわざ出向いてやったのに」

ぼくの呪詛めいた低い響きの声を受け流し、開かれたドアの向こうで、彼はかははと快活に笑った。
その人物──零崎人識の全く予期していなかった登場に、少しだけ驚いた。いや、予期していなかったと言ってしまえば、嘘になるのだけれど。
だがしかし、本当に来るとは。
鏡同士っていうのも、嫌なもんだなあ……。お互いに行動が読めてしまうなんざ、気持ちが悪いというか、なんというか──そう、あんまりおもしろくない。
珍しく紙袋を提げているのに気が付き、ちらりと目をやった。なんだろうか。

「何しに来たのさ?」

ぼくがぶっきらぼうにそう聞くと、零崎はちゃっかりとぼくの横をすり抜けて部屋に入り込み、知った顔で靴を脱ぎ、床にあぐらをかきながら破顔してこう答えた。

「居座りに来たんだよ」
「…………」

聞いたぼくが馬鹿だった。
ぼくは部屋のドアを閉め、つっかけていた靴を脱いで畳に上がり、零崎に向き合って座り込む。
そして、問うた。

「零崎、何か大事なことを忘れてないか。ここはぼくの部屋だぞ」
「あん? バレンタインデーのお返しくれるっつった?」
「いや違うって。どんな都合のいい耳してんだよこの人間失格」
「そりゃ聞き捨てならねえな欠陥製品。もっぺん言ってみやがれ」
「……あー、もういいよ」

どうして暴言は聞こえるんだ。いや、それよりもどう改竄すればそう聞こえるんだ。
居座るだけなら、正直帰って欲しかった。
いつも勝手に遊びに来ちゃ適当に居座って適度に甘えてきて適切に帰って行く。世界は自分を中心に回っているのだと、そう言わんばかりの行動。振り回されるぼくの身にもなって欲しい。
だけど、まあ、そんな零崎を許してしまうのが、ぼくなわけなんだけど。
零崎は早速ケータイをいじりはじめた。全く、ぼくの家に来てまで何をしているんだか。

「あ、そうだ。いーたん」
「……なに」

立ち上がって一応水道水でも出してやろうかとしていた所を呼び止められ、振り返って適当に返事をした。零崎はケータイの画面から顔を上げて、ぼくの顔を見る。

「いーたん、今月誕生日だよな?」
「……は?」

全く予期していなかった言葉に脳がフリーズした。
ちょっと、こいつ今なんて言ったよ。

「ごめん、もう一回言って?」
「だーかーら。今月、誕生日だよな?」

少し首を傾げて、なんとでもないように問いかけてくる零崎。
ええと、教えた覚えなんかないんだけど。て言うかなぜにその話題、そして上目遣い。
何も答えない寧ろ答えられないぼくに、零崎はため息ともなんともつかない息を吐き出して、やんわりと笑った。

「や、ほんとは日付まで聞き出そうかと思ってたんだけどよ。お前のことだから絶対教えてくんねーと思ってさ。三月入ったら祝ってやろうと思ってたんだ」
「え、」

──祝ってやろう、と?

「呪ってやろうの間違いじゃなくて?」
「茶化すんじゃねえよ馬鹿。結構、勇気いるってえか、恥ずかしいんだぜ?」

そう言って零崎ははにかんだ。その頬は仄かに色付いている。
何気ないふうを装って誕生日の話題を持ち出したのは、零崎なりの照れ隠しだったらしい。
うわあ、ちょっと、これは。

「……誰も可愛いなんて言ってやらないぞ」
「言って欲しいなんざ誰が言ったよ、欠陥製品」

零崎はかははと笑い、いつものにやにやとした笑みを浮かべた。手近に置いてあった紙袋を引き寄せ、何かごそごそとやり出す。

「ま、そういうわけで、いーたん。この可愛い可愛い零崎人識くんから誕生日プレゼントだぜ。じゃーん」

──自分に可愛いって形容詞を付ける辺りからするとやっぱり可愛いって言って貰いたいんじゃないのか、と思って間もなく、ぼくは目の前に差し出されたものに凍り付いた。
確かさっき、誕生日プレゼントとか言ってたよな?
だけど、これはどう見ても、

「……針?」
「違えよ。ニードルだ、ニードル」

いや、それ変わらないから。
誕生日プレゼントと銘打った嫌がらせか? 期待したぼくが馬鹿だったのか。
突っ込む間もなく、零崎はニードルを畳に置き、次なるものを紙袋から取り出してくる。これ以上何を出そうというのか。

「ほら、とりあえず座れ。見ろよこれ」

そう言う零崎の近くに座り込み、手元を覗き込むと、そこにはピアスがひとつ、透明なビニールの袋に入れられていた。
……ん?
何か、見覚えが、あるような。
ふと顔を上げて零崎を見た。
にやにやと笑っている零崎──その右耳の、三連ピアス。

「実は俺とお揃いだったりして」

──ああ、そうか。
だから見たことがあったんだ。
手を伸ばして零崎の右耳に触れる。くすぐったそうに、だけどされるがままになる零崎。優しく撫でてやると、やめろよ、と小さな笑い声をあげた。
もう、こうなったら、可愛いと言うしかないじゃないか。

「零崎、可愛い」
「かはっ、馬鹿言うなっつの」

そう答えた零崎の頬が赤いんだから、説得力がないというかなんというか。

「でさ、これをあげたいのはいいが、生憎いーたんの耳には一個もピアスホールがない。だからピアスホール開けるための道具を一通り持ってきたってわけだ」
「ふうん、成る程。それでその紙袋ってわけか」

……って、ちょっと待て。
ピアスホール開けるの決定事項?
えっと、それって、つまりは痛いってことだよね?

「零崎。つかぬことをお聞きしますが」
「ん? なんだよ」

と言って、その耳に添えたままのぼくの手に、目を細めてすり寄ってくる零崎。ああ、可愛いなあ。
……じゃなくて。
ほだされてどうする。

「ピアッシングって痛いんじゃないの?」
「ああ、そりゃまあ痛いけど、俺が開けてやろうと思ってるとこは耳たぶだから。全然痛くないぜ?」

一番痛いのはこの辺だけど、と言って、今現在三連ピアスのある軟骨を、ぼくの手に手を添えるようにして撫でてみせる。
ああ、道理で普段サドなのに受け身でも大丈夫なわけだ。何気にリバなのかもしれない。なんて、戯言だけど。
零崎曰わく痛くないらしいし、世間一般でもそういうことは聞くけれど、自分の身となると怖いものだ。

「ちょっと怖いんだけど」

試しに言ってみると、

「や、大丈夫だろ。お前基本マゾなんだからさ。痛いっつってもほんとにちょっとだよ」
「……あー」

返ってきた答えに納得してしまった。そう、ぼくはハリキリ──いや間違った、腹切マゾだ。ピアッシングなんか苦になるもんか。

「それに、開けた後のケアはちゃんと俺がしてやる。ピアスホールが完成するまで毎日通ってやんよ」

そう続けて、零崎は笑った。
いつも気紛れにぼくの所へ来る零崎が、毎日ぼくの所へ来てくれるのか。それは魅力的だ。
それに、痛くないというのもそうだけれど、何より零崎とお揃いというのが素直に嬉しい。ぼくのために、一生懸命考えてくれたんだろう。
零崎の耳に触れていた手を離して、そっと零崎の両手を握る。見つめる瞳が少しだけ見開かれ、心なしか頬がさらに赤くなったように見えた。
可愛いと言ったら、やっぱり照れてくれるだろうか。

「じゃあ、零崎。きみの誕生日プレゼント、喜んで頂くよ」
「かはっ。当然」

零崎は、嬉しそうに笑った。
──ああ、もう、これだから可愛いんだよ。
思わず引き寄せて抱きしめた零崎は、驚いた様子も見せずにくすぐったそうに笑って。
それから、ぼくの背中に腕を回して、嬉しさの滲む声で囁いた。

「ハッピーバースデー、いーたん」
「……ありがとう」

──ぼくは、その時少しだけ、笑ってしまったかもしれない。

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