らーぜ
□拍手
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雨の日だけ会える人。
雨が降ったら電車に乗らなきゃいけなくて。始めは面倒だったけど朝早いおかげでラッシュはないし、まぁいいかと思ってた。それに座ってたら勝手に着くし。
俺は右斜め前のドアを見る。赤いプラスチックケースのかばんを持ったあの人。小さくて可愛らしい人。大学生らしいけれど、どうもそう見えない。
ビニール傘を片手に座る席を探す姿は小動物みたいだ。
ぱっと目が合う。恥ずかしくなって下を向いた。もしかして、見てんのバレた?
「あの、隣いいですか?」
「あ、どうぞ」
心臓がどうかなるくらい速く打つ。やばい、初めて話した。意外に落ち着いた声だったな、なんて思った。
隣に座った彼女は見た目よりずっと小さい。膝の上に赤いプラスチックケースを置いて、その上に細い腕と小さな手が乗っている。俺と新聞を読むサラリーマンの隙間にすっぽり収まってる。
電車が揺れると触れる肩。その度に緊張して、クーラーの効いた涼しい車内でじわりと汗が滲む。家ではあんだけ妹にひっつかれても何ともないのに、むしろうざったいのに、家族以外の女だとこんなにドキドキするのかと思った。しかも、あの人だ。
次の駅で降りる俺。いつもそうだけど、今日は特に降りがたい気持ちになる。緊張してヤな汗とかかいちゃったけど、何かくすぐったいような楽しいドキドキだった気がする。
次いつ会えるかもわからない。会えてもこんな風に並んで座ることなんてないかもしれない。そう考えると苦しいけど、確信にも似た期待があったりして。
ゆっくりと席を離れてドアの前に立つ。外が暗くてガラスにはあの人が映る。
早くまた雨が降ればいい。
駅のホームへ電車は滑り込んでドアが開くと雨の香。それさえ清々しく感じるのはあの人に会えたから?
少し増えた人の間を抜ける。
「待って!」
聞き覚えのある声、というかさっき聞いた声。振り返ればやっぱりあの人。手には俺の傘。
「忘れ物!」
彼女の後ろで電車のドアが閉まる。呆然と二人で見送る。
「行っちゃった…」
「すいません、降りるのここじゃないっスよね?」
「あ、や、大丈夫です。次のでも平気だから」
笑って傘を渡す。
「ありがとうございます。……あの、でも、傘」
受け取りながら彼女の傘がないのに気付く。
「あー…忘れちゃったみたいです」
バツが悪そうに恥ずかしそうに、笑う。よく笑う人だ。
「よかったら俺の」
「や、悪いですそんなの!私の100円だし」
そう言われても途中下車させたのも傘を忘れさせたのも俺で。
何だかそのまま別れられなくて二人でホームにつっ立ったまま。
「あの、じゃあ…近くのコンビニまで入れてもらっていいですか?」
「え?」
「そこで傘買うので……どうでしょう?」
「あ、はい!全然いっスよ!」
「ありがとう」
そう言って笑った顔が一番可愛くて胸の辺りがぎゅっとした。
あ、やばい。好きだ。
そう思った。
コンビニまでの道。名前くらいは絶対きこう、と傘を開いて歩き始めた。
ひとつの傘で、ふたりで。
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