らーぜ

□拍手
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 梓くんだけに私が、私だけに梓くんが見えていたらいいのにって思う。そうしたら、いつだってどこだってくっつくのも恥ずかしくない。だからいつだってどこだってくっついていられるのに。

 けど現実は違って、梓くんも私も知ってる人どころか知らない人にも見えてしまう訳で、いつだってどこだってくっついていられない。限られた二人っきりの時間・空間でその分くっつかないといけないから、そういう時間私はどうしようもなく梓くんに甘えたくなる。というか、甘えてる。



 梓くんは照れ屋で奥手でなかなか上手く愛情表現が出来ない人ではあるけれど、表現が苦手なだけであって、そこに溢れんばかりの愛を感じることができるから、ちっとも不安になったりはしない。むしろそのためらいが梓くんの愛情表現なんだと思う。

 そりゃあ、まぁ、時々焦れったくなることはあるけれど。







 目の前の大きな背中に後ろからぎゅっと腕をまわす。寄りかかって耳を寄せると梓くんが生きてる音がする。心臓の音、血液が流れる音、何かが動く音。よくわからないけれど、梓くんの体が生きてるんだってことはわかる。目を閉じたらさらに響いてきて、またそれとは別の衣擦れの音。梓くんのお腹で組んだ私の手に触れる梓くんの手。


「どした?」
 振り返る梓くんの横顔。斜め下の私を見るために伏せられた目が何だか色っぽいなぁ、なんて考えて。
「せっかく二人きりだから」
 ぎゅうぎゅうにくっつきたいの。

 組んだ手をゆるめれば、絡まる指と指。何もしてないのが丸わかりな私の手と、投手も始めてマメが増えた梓くんの手。ごつごつしてて大きくて骨張っててあったかい、大好きな梓くんの。


「梓くんの手はさ、私よりボールに触れてる時間が長いんだよね」
 私の手よりボールの方がしっくりするだろう手に嫉妬したり。
「私の手は、梓くんが一番触れてるのに」
 だからね、こんなこと言って困らせてみたくなる。
「…ごめん」
 まわした腕をほどかれて横から抱きしめられる。いつもの、少しためらいがちな優しい抱きしめ方。ごめんなんて言いつつも嬉しそうな顔をする梓くん。



「ね、だから、こっちは私を一番にして」



 人差し指でなぞる梓くんの唇。その途端耳まで真っ赤にして照れる梓くんはとっても可愛い。
 梓くんは唇をなぞる私の指を、自分の指に絡ませてぎゅっと握る。ゆっくりと近づく顔に私は目を閉じた。




 ふわふわと触れる梓くんのそれ。
 ボールにキスなんかしたら承知しないからね。しょうがないから手は譲ってあげるけど、それだって本当は悔しいけど、でもその他は譲ってあげない。


 だって全部、本当は手だって私のだもん。





fin
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