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□賽は投げられた
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 もう会えないと思っていた。たかが学校を辞めただけ。同じ町で同じように生活しているんだから、きっと会える。そう思おうとしてもだめだった。山口くんや桑原くんなら、藤代くんが学校を辞めた理由や今を知っているかもしれない。けれど、藤代くんは私に何も言ってはくれなかった。特別仲が良かった訳ではないし、私に言う理由なんて何ひとつない。でも最後に会ったあの時、めずらしく自分から「じゃあな」って言った藤代くんが何も言わなかったのだから、私には知る権利なんてないのかもしれないと思った。



 道路を挟んだ向こう側。見覚えのある背中。すぐにわかった。だって私は、一年以上もあの背中を追っていた。藤代くん、と微かに声が漏れた。黒いライダースにドクロマーク。T.F.O.Aと並んだアルファベット。この町でそれが何を意味するのか、知らない人間はいない。

 工具箱を持ったまま私は走り出していた。両手で持った箱のふたが振動で跳ねる工具とぶつかってがたがたと音をたてる。人を追い越してすれ違って、ぶつからないように走りながら、目線の先の藤代くんを追いかけた。本当に藤代くんだろうか。絶対、藤代くんだ。人違いだったらどうする?がっかりする?安心する?私はあの人が本当に藤代くんであってほしいと思ってる?わからない。けど、でも、もし藤代くんであるなら、私は会いたい。


 勢いよく誰かとぶつかって工具箱が手から離れた。その拍子に私も尻持ちをつき、ごとんと大きな音とともに工具箱の中身が散らばった。その派手な音に周りの人の視線が集中する。

「わ、ごめんなさい!」

 ぶつかったスーツを着た男の人は謝る私を見るなり何も言わずにいなくなった。その途端擦りむいたらしい腕がじんじんと痛み始める。

「あの子かわいそう」

 近くの女子高の子たちが私を見ていた。私は視線を外して工具を拾い集める。少し割れてしまった工具箱にひとつひとつ収めていると泣きたくなった。きっと藤代くんはもういない。
 何をやっているんだろう。会ってどうしようというんだろう。友達でもない私が追いかけて藤代くんと呼んだところで何になる?きっと困らせるだけだ。藤代くんは、藤代くんの新しい生活がある。私は私のいる場所で、生活していくしかない。何かの偶然で、ちょっとの間、藤代くんと一緒に過ごしただけに過ぎない。もうきっと交わることなんて出来ない。




賽は投げられた



 武装戦線の藤代拓海なんて、私は知らない。私が知ってるのは、黒咲工業の藤代くんなのだから。


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