らーぜ
□春うらら
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センター試験の点数はギリギリのラインだった。とにかくセンター試験の勉強に全力をかけていた私に前期試験の点数を要求するのは無理な話だったらしく、見事に落ちた。出来が最悪なことくらい自分が一番わかっていた。けど泣いている暇なんてなかった。まだ後期があったから。何としても、どんなに門が狭くても、滑り込むしかなかった。
周りが心配するくらい勉強した。恐くてきつくて不安でイライラしていた。励まして労って、とことん私に優しい尚治に甘えて何回も八つ当たりした。数え切れないくらいケンカになって、もうだめだ、尚治に嫌われたって何度も泣いた。尚治と居たくて頑張ってるのに何でこんな風になっちゃうんだろうって何度も考えた。でも尚治はいつだって次の日にはそんなことなかったみたい振る舞ってくれた。
――受かってる、よな。
大学の門の前で尚治は私の手をぎゅっと握る。
――あれだけ勉強してだめだったら縁がなかったって諦める。
――な!それどういう
尚治の反応に私は笑った。
――尚治のことじゃないよ。大学との縁ってこと。
――いつの間にか何か吹っ切れてるし。
人だかりの掲示板まであと少し。逸る気持ちはあったけれど、自然と歩みはゆっくりになっていた。こうして尚治と二人で手を繋いで歩くのは久しぶりじゃない。でもこんな穏やかな気持ちで過ごしているのはいつ振りだろう。
――ごめんね。
急に立ち止まった私の手に尚治が引っ張られる。
――たくさん嫌なこと言って、いっぱい傷付けて、ごめんね。
愛想尽かされてもしかたなかったって思う。今、この場に尚治がいなくても自業自得だと思ってしまうようなことが、いくつもある。
――いっしょに居てくれてありがとう。
なのに尚治がいる。私の手を取って、私のこれからを一緒に見ようとしてくれている。
振り返る尚治の顔を私は見た。もし、と声が擦れる。
――もし、万が一、私が遠くに行っても、ちゃんと帰ってくるから、電話もメールもするから、それがうっとうしいなら寂しくても我慢するから、甘えてひどいこと言ったりしないようにするから、だから尚治、私のこと嫌いにならないで。
ゆっくりと尚治が笑った。しょうがねえなあ、と言ったその声が嬉しそうで泣きたくなった。
0666。尚治の背番号が並んだ私の受験番号は、人だかりの掲示板の端っこにきちんとあった。777がラッキーナンバーなら、666は幸せのナンバーだ。私の中で6という数字は、世界一素敵な数字で、きっと一生忘れられない数字でもある。
「相変わらず忙しそうだな」
入学式が終わって、一通りオリエンテーションも済んで、授業も決まって、教科書も揃った。何とか友達もできたし、やっと一息のところで久々に家で尚治と過ごす。
「一気に物が増えたから片付いてないだけだよ」
狭くなった私の部屋のベットに座る尚治。そうだ、尚治はいつもここにいた。
「授業がね、楽しいんだよ。あーいっぱい勉強しなきゃ」
「あんだけ勉強したんだからちょっとくらい休めば」
「いやいや、勉強するために大学入ったんだから。今までのはしなきゃいけない勉強だったけど、これからはしたい勉強をするんだよ」
うげ、と尚治は変な声を出す。
「楽しく勉強して、尚治と一緒にいれて、今が一番幸せかもしんない」
春になって、私は大学生になった。尚治はひとつ学年が上になった。学校に尚治がいない生活にはまだ慣れない。
「サークル入った?」
まだ、と答える。
「バイトは?」
決めた、と返事。
「何の?」
予備校のアシスタント。
「どこの?」
西浦の近く。
「だからサークル入んないかも」
と尚治の質問より早く次の言葉を言う。
「入んないの?」
少しほっとしたような顔に笑いが込み上げる。
「バイトしてサークルして真面目に授業なんか出てたら、尚治と会う時間がないもん」
そっか、と照れ隠しに視線をさまよわせた尚治は机の上に何かを見つけて立ち上がった。
「これ、まだ持ってんの」
よれよれになった白いカイロ。
「お守りだからね」
くっきりと刻まれた文字が、今でも私を奮い立たせてくれる。嘘だと思うかもしれないけど、これを持ってるだけで、いつでもぽかぽかあったかくなれる。
春うらら
浮気、絶対すんなよ。
窓の外を見る振りをした尚治の耳が赤いのは、日差しのせいなんかじゃないのを私は知っている。急に回数の増えた電話も、会う度の質問攻めも、愛だってわかるから嬉しいんだ。
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