平凡を心の奥底からまっじで願う

□オリジナル
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 焦点の合わない目の男性を何度も呼びかけたブラッドは、これからどうするか悩んでいた。
 ライルに背を向けて考え、ぶつぶつと小さく呟く。



「…つっ…!」



 ふいに、突然背後から聞こえた声に、ブラッドは目を瞠り、ばっと振り返る。



「大丈夫なのかっ?!」



 ベットに手をつき、ブラッドは覗き込むようにして顔を見る。
 片手をつき、もう片手をこめかみにあてて、うんと頷く。



「ああ、大丈夫だ。…ってなんでお前がここに」

「なんでって、俺が運んできてやったんだぜ」



 ライルはぽかんと口を開け、目を見張って端整な顔のつくりの男を見つめる。



「…お前、善い奴だなぁ」



 素直な気持ちで言っているようなそれは、聞いているブラッドには恥ずかしくなってくる。
 ブラッドは魔族で、善い奴などとは言われたことがなかったのだ。
 顔を赤らめながらブラッドは咳を一つする。そしてから、またライルに背を向けた。
 一方のライルはといえば、きょろきょろと見回している。



「ここ、俺の家だ…」



 見馴れたつくり、見馴れた家具の配置、見馴れた窓の外。
 確かに自分の家だ。

 だが。



「ここに誰かいなかったか?紺色の髪で、碧の目をした…」



 ブラッドはライルの問いに、ん?と曖昧な返事をして、またライルを向く。



「いなかったぜ?俺が入って来たときはな。その前には誰かいたと思う」



 ライルは起き上がり、怪訝そうに顔をしかめる。



「…前?それじゃスネイはどこに行った?」

「さぁ?スネイってのが誰かわかんねぇが、もうこの村には誰の気配もない」



 気配がない。

 それを聞くと、ライルはベットから立ち上がり、その横に掛けてある濁った緑の上着を羽織る。
 そして、低い箪笥のような上にある花が飾ってある花瓶に目をやり、そこに歩み寄る。花瓶を持ち上げ、愛おしげに、悲しげに眺め始めた。

 その一部始終を見ていた魔族は、ふと思い付いたようにライルに寄る。



「なぁ、お前の名は?」



 突然に名を訊かれ、ライルは訝しくブラッドを見る。
 自分と同じくらい目線である黒い瞳と合う。
 彼の表情はふざけたように笑っているが、ブラッドの目はいたって真剣だ。

 そんな目で見られて答えないのは失礼だと思ったライルは、今度は素直に答える。



「ライル。…ライル・アンスだ」



 答えたのは失礼だから、という理由だけではない。
 先程の彼なら教えたらだめだと直感が告げていたが、今の直感では教えても大丈夫だといっている。



「ライルか…」



 確かめるようにライルの名を言うと、ブラッドはそれじゃあと言って、ライルの前に膝をつく。
 片膝をつき、もう片膝をたてる。手を左胸辺りにあて、頭を下げる。

 突然、礼らしきものをとられたライルは、愕然として花瓶を箪笥らしきものの上に戻す。
 瞠目をするライルを前に、ブラッドは改まった口調で話す。



「我の名はブラッド・ラディソン。魔族王家の第二皇子なり。魔族の王家の盟約により、我が新しき主をライル・アンスと認める。…新しき主よ、血の契約か定めし言葉を」



 ライルは顔をしかめるが、すぐに凜とした態度で、口を開く。

 血の契約は分からないが、定めし言葉なら。
 耳にたこが出来るほど何度も言われた言葉か―――。



「……エイペクト・リジナーブル…」



 ライルが言うと、ブラッドは更に深く頭を下げる。
 頭を完全にあげると、ブラッドはようやく立ち上がった。



「ふぅ〜、サンキューなっ!」



 立ち上がると改まった口調から、先程の打ち解けた話し方に変わった。
 頭の後ろで腕を組むようにすると、ブラッドはライルを見てにかっと嬉しそうに笑う。



「いや。…それよりさっきのはなんなんだ?」

「ああ、あれは魔族の王家がする礼だよ。自分の主を見つけた時にするやつ」



 ほう、と手を顎にあてると、ふといくつもの疑問が浮かんできた。

 第二皇子。
 血の契約。
 定めし言葉。
 だか、とにかく皇子について話しをしてみた。



「ブラッドって第二皇子だったのか…」

「ああ。跡目争いが絶えなくって俺は困るがね」



 片をすくめると、ブラッドはもう嫌だというような表情はつくる。

 それを見たライルは、王にはなりたくないのか、と問い掛ける。 誰でも王になりたいと願望があるはず。
 それすらも、王になるのも、嫌なのか。



「なりたくないよ。俺が王になったら魔界は目茶苦茶になっちまう。俺に向いてるのは体を動かすだけ。政治とか政、治安や経済、全部無理だ。俺には向いてないのに、なんで第二皇子なんかに…。結婚も親が決めた許婚同士。っかぁ〜、つまんない人生だね」



 片手を腰にあて、もう片手で後頭部をかりかりと掻く。
 ライルは次の疑問をブラッドに投げかけてみた。



「…血の契約ってなんだ?」

「ああ、それは、自分が主と認めた者の血を貰うことだ」



 血を貰う…?血を貰うと言ったが、具体的にはどういうものなのか。



「貰うってのはなぁ〜…う〜ん……俺の血にお前の血を混ぜる、みたいなことかなぁ」



 手を口にあてて考え、目線を上に上げて応える。



「混ぜる…」



 混ぜるという言葉をもう一度呟くが、よくは分かってない。だが、これ以上追究しても分からなくなると判断し、ライルは追究しなかった。



「それにしても、よく定めの言葉が分かったなぁ」

「あ、あぁ。昔、まだ親父が生きてた頃だから、結構小さい時かな。村長である俺のじいさんに教えてもらったんだ」



 昔を懐かしむように、微笑を浮かべながらライルは話す。



「俺が教えられた意味は、『忌みなる者から我を守りたまえ』ってな」



 その前では、またもやブラッドが手を口にあてて考える。
 納得いかないようにう〜ん、と唸り声をあげ、不思議そうに首を傾げる。



「でも俺達魔族の王家では、『定めし言葉を言う者には忠誠を』って言われてきたがなぁ。その言葉の意味は教わんなかったし…」



 頭を抱えてまで考えるブラッドは、ふと、扉の外、窓の外に誰かの気配を感じた。
 それはふらふらとして現れたものでもなく、突然に、ふっと現れたものだ。

 ブラッドの、頭を抱えていて考えていた表情から、はっと真剣な表情に変わったのが分かったライルは、訝しげに訊く。



「…どうした?」

「しっ!!」



 だが、ブラッドに口を塞がれた。
 ブラッド自身は、自分の口に指を一本だけ立てて静かにするように合図する。




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