平凡を心の奥底からまっじで願う
□オリジナル
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何事かと思い、ライルは目を見張って何があったか訊こうとする。
しかし、口が塞がれているためそれは叶わず、ただブラッドに目で訴えるだけになった。
依然として、体勢を変えないブラッドは、目を鋭く迸らせ気配の正体を探る。
目で訴えられても、まだ応えることはできない。
正体が分かっていないからだ。
「…!女……?!」
気配の正体が分かったブラッドは思わず目を見張って呟く。
女、という言葉にやけに早く反応したライルは、それがどんな女なのか訊こうとして、自分の口からブラッドの手を引きはがす。
「どんなやつだっ!」
興奮して叫ぶように訊くと、ブラッドはあちゃー、と小さく口を動かしてから困ったように、頭に手をあてる。
コン、コン
やけに間の空いたノック音が、二人の間に、静寂の訪れを告げた。
物音も立てず、身じろぎもせず、その静寂は息をする音まで、空気が動く音までが聞こえそうなほどに静まっている。
カチャ……
ドアの部の開く音が、静まり返っている家中に無常に響く。
そして、しばらくの間が空き、女性、というか少女のような掠れた声が響いた。
「誰…か……っ!た…すけ…て…っ!」
必至に助けを求めるその声は本当に小さく、この家がこのような風に静かでないと聞こえない程だろう。
ライルは目を見開いて、その少女のところに行こうと足を動かす。
しかし、それをブラッドに腕を掴まれて阻まれる。
顔をしかめてブラッドを顧みると、ブラッドは黒い瞳を鈍く輝かせ、鋭い眼光をライルに向ける。 その表情は笑っており、その笑いは、賢い者の笑い。
何を考えているかまったくわからないが、ライルは体ごとブラッドに向け、強い瞳で、信じている瞳でブラッドを見つめ、小さく微笑してこくりと頷いた。
俺は、お前を信じる。
ライルの意志が伝わったのか、ブラッドも小さく微笑してこくりと頷く。
ブラッドは先に歩を進め、ライルより先に少女のもとに行く。
その後をライルが着いていく。
部屋を出てドア付近に目をやると、扉が少しだけ開いている。
ちゃんと扉は閉めたはずだ、とブラッドは訝り、ライルはどうして開いているのか、と疑問に思った。
そろそろと、なるべく音を立てずに近寄る二人は、少し開いた扉の隙間から、外で少女が倒れているのを見つけた。
ライルは心配してすぐに少女に駆け寄る。抱きかかえて、横たわっている少女の口に耳を近づけて息をしているかを確認する。
スー………スー…………
微弱ながらも息はしている。
ほっと安堵して、ライルは少女を抱きかかえて立ち上がる。
急いで自分が寝ていたベットに寝かせ、布を濡らして少女の額にのせた。
その少女は全身に傷を負い、至る所から血が滲んでいる。
しかし、この少女は全身に傷を負っていようと、顔に傷を負っていようと、その美貌は変わらず美しい。
ライルよりも年下と見えるが、端整な顔のつくりは、二つ三つは歳が上に見える。
桃色の髪は胸まで伸び、何の癖もない。だが、今は埃や砂がついておりぐしゃぐしゃになっている。
顔には、将来残るかもしれない、という傷が幾つもあるが、それでも美しさは損なわれないだろう。
いそいそと次の布を濡らし、少女の額にある布と取り替える。
それをずっと見ていたブラッドは、今度の主は世話をやく奴だなぁと、腰にてをあててほほえましく微笑した。
しかし、とブラッドの微笑は一瞬で掻き消え、手を口にあてて考える。
おかしい。人間の気配はなかったはずなのに、急に人間が現れるなんて。
怪訝そうに少女の横たわるベットに近付く。
「ブラッド、どうした。怖い顔してるぞ」
「…………へ?」
間抜け顔で素っ頓狂な声をあげたブラッドを見て、ライルは碧眼を和ませた。
「なんて間抜けな顔してんだよ?自称魔族だろ?」
「自称じゃねーよっ!正真正銘の魔族だっ!」
むきになるブラッドを横に、ライルは更に笑い声を漏らした。
こういうときのブラッドは子供みたいたな。
「冗談だよ、冗談」
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