平凡を心の奥底からまっじで願う
□オリジナル
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二 出会い
それは、彼女と昼食をしていたときに、突然訪れた。
普段は無口で寡黙なライルは、彼女の前だと笑顔も浮かべ、口数もそこそこになる。
そんなライルが唯一心を開き、大切だと思う女性の名は、スネイ。
髪は濃い蒼で、紺色に近い。その双眸は透き通る碧で、人を引き付けるような美しさを持っている。彼女もまた端整な顔をしていて男達が放ってはおかないだろう。服はワンピースのような白い服を着ている。履いているのは靴ではなく、気軽なサンダルだ。
ライルとスネイ、二人が楽しく家族の話をしていたとき、外で突然に女性の甲高い金切り声が響く。
「きゃああぁぁぁぁ!」
何事かと思い二人はすぐに外に駆け出した。
ライルは大剣を携え、構える。その後ろに隠れるようにスネイは出て行く。
「何が、あったんだろうね」
小さな声でライルに訊くと、彼は首を傾げる。
「俺が見てくるから、家の中で待ってろ」
スネイを自分の家に残し、ライルは気を張りながら辺りを見回す。
先程の女性の声はなんだったのだろうか。たしかに外から聞こえたが、女性の姿はもちろん、影も形も見当たらない。
しばらく見回しても何もないことがわかると、大剣を下ろして振り返り、自邸へと歩を進める。
すると、ふいに男性の声が飛んできた。
「なあ」
一瞬目を見張るが、直ぐさまばっと振り返り大剣を構える。
気配を散らしても、視線を巡らせても声の主らしき人物は見当たらない。
「ここだよ、ここ。上」
上と言われ視線を巡らすと、一人の男性が背に生えた翼で浮いている。
浮いている、というより、飛んでいるという表現のほうが相応しいだろう。
ペガサスという、翼が生えた真っ白な、純白の馬のような生き物がいるが、彼がもっている翼はそれに近い。
だが、翼は白ではなく、黒い、漆を何度も塗ったような、艶のある黒だ。
羽ばたくたびに、羽根がひらひらと数枚が舞落ちる。
それが、魔界人ブラッドとの出会い――。
ひらひらと舞い散る羽根は惜しみ無く、風に遊ばれる。
ライルは呆然と口を開き、翼のしなやかなで艶のある美しさ、その翼の強さに目を奪われた。
「なんでここはこんな静かなんだ?」
唐突に訊かれると、誰しもすぐに応えられるものではない。
え、と呟き、しばらくは茫然と口を動かさず呟いたままの形で残る。
その問いに沈黙を返すと、全身黒ずくめの男はふざけたように怒る。
「なんで静かかって訊いてんだっ。応えろいっ」
幼いようにいうそれだが、年はライルよりは上に見える。
外見年齢は十八歳か十九歳だ。
「…知らん。貴様は誰だ」
再び大剣を片手で構え、ライルは冷たく言い放つ。
蒼い目は氷のような冷たさを宿し、針のような鋭い眼光は、黒い男を刺すように睨みつける。
しかし、黒い男はそれをものともせず軽く受け流す。
「俺か? 俺はだなあ〜…。…ん〜どうしようか…名前を教えるか、はたまた教えないか。迷いどころだ」
宙に浮いたまま、黒い男は手を口にあてて考える。眉が寄っているが、口は笑っている。しかも楽しそうだ。
楽しそうなのだが、笑みは冷たく、突き放されるような感覚に陥る。
冷たい笑み、冷たい視線を飛ばされながらもライルはそれに怯まない。
「………おもしろいじゃないか」
呟くように言ったつもりだが、その言葉はライルにも伝わっていたらしい。
力が抜け、徐々に大剣が下がっていくなか、黒翼をもつ男も羽根を舞わせながら高度を下げる。
すたっとライルの眼前に降り立った男は、翼をしまいもせずに偉そうに腕を組む。
ライルを上から下まで嘗めるように見ると、突然に口を開く。
「俺の名はブラッド・ラディソン。魔界に住む魔族だ」
魔界に住む魔族。
それを聞いたとたん、蒼い目をこれ以上開かないだろうと思うくらい、目を開く。
魔界。魔族。
聞き慣れない単語は、何回も何回も頭の中をぐるぐる回る。
奥の奥にしまってある、秘密の引き出しの一番上を引くと、それはある。
耳にたこが出来るほど聞かされた話だ――。
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