平凡を心の奥底からまっじで願う

□オリジナル
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  ◆    ◆    ◆




 昔、ずうっと昔。まだ人懐こい幼少の頃。それは父と母が生きていた頃でもある。
 話があると、果ての村の長老、祖父に呼ばれたとき。



「ライル、わしの孫のお前だけに教えるぞ。今から言うことは他言無用じゃ」



 上から手を伸ばされ、骨ばった手で頭をくしゃくしゃと撫でられた。
 長老は太陽に背を向けているため、顔は逆光になり見えない。だが、口調からは大事そうだということが、幼いライルにも理解ができる。



「たごんむよう?」



 しかし、分からない言葉があると聞き返してしまう。
 長老は破顔して、細い目をますます細めて笑う。



「秘密ということじゃ。これは、わしの孫だから言う。おじいちゃんとライルの秘密じゃ」

「秘密ぅ?」



 孫の可愛さに思わずでれっとした長老だが、しゃんとしてゆっくりてライルに話す。



「うん、そうじゃ。よいか。魔界の者が来たときは、エイペクト・リジナーブルと、呪文を唱えるのじゃ。《忌みなる者から我を守りたまえ》という意味だ。これさえ唱えれば魔族にやられることはないからな。しっかりと覚えているんじゃぞ。ライルなら、絶対使えるはずだから」




  ◆    ◆    ◆




「ど…た…? どう…し…?どう…した?」



 誰かが、俺を呼んでいる。耳の奥で蘇る、懐かしい声。



「じい、ちゃん・・・?」



 虚ろにさ迷う焦点の合わない瞳は、ここにいない誰かを呼んでいる。



「おい、どうした? おい!」



 ブラッドは、虚ろな瞳をしている蒼目の彼を抱えるように胸で受けとめている。
 語調を荒げても、瞳は定まらない。
 しょうがなく、ブラッドはライルを担ぐようにして、すぐそばにある家へ入る。



「うぉーい、誰かいるかー」



 声を大きくしても、静寂ばかりしか返ってこない。



「入るぞー」



 勝手に侵入し、食器が並んでいるテーブル横のドアに目を移すとそこに入っていく。
 そこにはベットや小さいクローゼットのようなものがある。
 ベットへと歩を進め、担いでいたライルをどさりと乱暴に下ろす。

 未だ瞳は宙をさ迷っている。
 これはしばらく気がつかないな、と結論づけたブラッドは、ひとまず家の中を探索することにした。
 と言ってもこの家、さほど広くはない。
 それでも探索を決めたブラッドは、テーブルと椅子がある部屋を先に調べた。



「ふ〜ん、この家…」



 辺りを見回して、ブラッドは手を口にあてて呟く。



「おい! 誰かいねぇのか!?」



 声を張り上げてみるが、誰からの反応もない。



「おっかしいなぁ。さっきまでは気配あったんだけどなぁ」



 後頭部をかりかりと掻くと、手を腰にあて、村全体の気配を探ってみる。
 が、やはり誰の気配も感じない。感じるとすれば、別室で気がつかないライルだけだ。








 ゆらゆら、揺れる。

 体も、見上げているものも。
 見上げているそれは、水の中から見た水面だとすぐにわかった。
 俺は何も気にとめないで、ゆらゆら揺れるそれを見ていた。

 目を閉じかけたとき、それは聞こえた。



『僕と共に行こう、ライル』



 俺、と・・・?



『――には君が必要なんだ』



 何かを言っているらしかったが、その部分だけは聞こえなかった。



 俺が、必要・・・



『ああ。――には君が必要だ』



 いくら耳を傾けても、なぜかその部分だけは聞こえない。
 もしかしたら、その部分の発音が分からないのかもしれない。

 ふと、水面を見上げ、自分を覗いてくる黒い髪をした男性を認る。
 その口が動いているのも分かると、小さく小さく微笑する。



 悪い。俺を呼んでる奴もいるし、大切な愛しい人がいるんだ。だから、俺はまだ、そっちへは行けない。



『…そうか、それは残念だ』



 ふと気がつけば、白い全身フードを被っている人がいる。かろうじて口元は見えるが、詳しい表情を見ることはできない。
 しかし、口元は温かに微笑している。



 だが、俺は戻ってくるよ。その時にそっちへ行く。



 断言して立ち上がっても、水面の高さは変わらない。



『ああ、楽しみにして待っているよ』



 フードは手を伸ばし、下から上へと動かした。
 すると、抜け道のような、水面に向かっての道ができる。
 それを見て、ライルは丁寧に頭を下げる。



 ありがとうございます。それじゃ、また今度。



 水面に向かって走るライルが小さくなると、フードは小さく呟いた。



『…ずいぶんと強くなったじゃないか、ライル。でも、これからもっと大変だからね……頑張るんだよ』




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