ラブ★コン シリーズモノ

□first step
1ページ/7ページ

「・・・大谷君、全然飲んでないやん」
「へ?・・・あー、そんなことないで?」
 不意に声をかけられて、大谷はビクッとした。
 愛想笑いを顔に浮かべ、声のする方に振り向くと。
 そこにいたのは小柄な可愛らしい少女。


 まだ、寒さの続く2月末。
 大谷はゼミ旅行で東京に来ていた。
 三泊四日の短い期間ながらも、セミナーやら研修やらで充実していた旅行。
 が、やはりそこは大学生。
 旅行の間、毎日夜遅くまでレポートやら資料整理に追われていた反動のせいか。
 最終日前日の打ち上げは、かなりの盛り上がりをみせていて。

 一次会はホテル近くの居酒屋。
 その後、カラオケに直行。
 さらに、ホテルに戻って、いくつかの部屋に分かれて飲み会。
 日付が変わってしばらくたっても、宴は一向に終わる気配を見せず・・・。
 大谷は少しイライラした顔をしながら、時計を気にする。


 ゼミ旅行は、明日で現地解散。
 その後、大谷はリサと待ち合わせをし、東京で遊ぶ計画を立てていた。
 ・・・そして。
 朝まで二人で過ごす。

 それは紆余曲折を経て、ようやく実現した二人だけの旅行だった。
 ここに至るまでに、大谷自身も色々と思い悩んだ。
 が、それはリサも同様で。
 本音をぶつけ合い、理解し、認めて。
 とにもかくにも、二人の関係は新たな段階に進もうとしていたのだった。


 時計の針は、午前1時をまわろうとしていた。
 できることなら、リサが寝る前に電話しておきたい。
 大谷はそう考えて、さっきからずっとチャンスを窺っていた。
 しかし、居酒屋やカラオケボックスは電波の届かない場所にあり。
 おまけに部屋から抜け出そうとすると、すぐに仲間に見つかり連れ戻されるという状況。
 そのため、電話をかけるタイミングを、大谷は完全に見失っていた。

(電話できひんのなら、明日に備えてはよ寝たいねん・・・)
 そんな気持ちを顔に出しながら、大谷は部屋の隅で何度も溜息を吐いていた。
 そして、何度目かの溜息を吐いたその時に。
 大谷は少女に話しかけられたのだった。


*    *    *    *    *    *

 少女はジーンズにワンピースを羽織り、髪はセミロング。
 目のくりっとした、いわゆる可愛い系の、千春ちゃんを思い出させる風貌で。
 大谷の苦手な香水の匂いが、少し鼻についた。

「大谷君、さっきからずっと時計ばっか気にしてんなぁ」
「そ、そうやった?」
「かなり飲めるはずなのに・・・打ち上げ楽しない?」
「いや・・・そんなことは。てか・・・」
「うん?」
「・・・なんで飲めるって知ってん?」
 一瞬きょとんとした顔をした後、少女は苦笑いをする。
「この前、隣で一緒に飲んだやん。忘れてもうた?」
「この前て・・・」
「合コンやったやん」
「・・・・・・・・」
 その言葉に、大谷は考え込む。


 うーん・・・・・・
 合コンなんて・・・オレ行かへんしなぁ。
 ・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・あ。


 大谷の頭の中で、なにかがひっかかる。


 ・・・いや、ちょー待て。
 そういえば、ちょっと前に、合コン行ったやんけ。
 勉強会やって騙されて、無理やり参加させられた合コン。
 しかも、小泉に誤解されて、めちゃくちゃ大変だった合コン。
 この子・・・
 もしかして、あの時のこと言うてんのやろか・・・。


 それでも。
 少女のことを思い出せない大谷は、少しバツが悪そうな顔をする。
 少女はそんな大谷に気づくと、苦笑しながら言った。
「・・・もしかして、あたしのこと覚えてへん?」
「え・・・えーと・・・」
「これでも同じクラスで、ゼミも一緒なんやけどなぁ・・・」
「あ・・・えっと、いや、なんちゅーか・・・」
 少し非難をするような表情の少女を見ながら、大谷は頭をポリポリとかいた。


 ・・・・・えーと・・・
 顔は覚えてる・・・よーな気ーすんねん。
 見たことある・・・な。
 うん。見たことあるわ。
 ・・・けど、名前までは覚えてへん。
 うーん・・・・


 見るからに返事に困った顔をする大谷を見て、少女は軽く溜息を吐く。
「大谷君、案外ひどいなぁ」
「・・・ごめん」
 もはや隠してもしょうがないと、大谷は素直に謝った。
「別に謝らんでもええけど、今回こそは覚えてな?」
 そんな大谷を見ながら、少女は明るく笑う。
 その笑顔に少し罪悪感を感じながら、大谷は申し訳なさそうに名前を訊ねた。
「・・・えっと、名前なんて・・・?」
「福田理沙。理沙でええよ!みんなそう呼んでん」
「・・・・・・あー、福田・・・理沙さん?」
「うん」
「・・・・・・・」
 自分にとって特別な存在である"リサ"と、同じ読み方をするその名前を耳にして、大谷は思わず黙り込む。


 ・・・アカン。
 無理。絶対無理や。
 理沙て・・・、小泉と同じ呼び方やんけ。
 そんなんどう考えたって、名前は呼べん。
 ・・・大体、"リサ"かて、片手で足りるほどしか呼んだことあらへんで?
 それやのに、小泉以外の女の子の名前・・・呼べる訳ないわ。
 無理やっちゅうねん。

 ・・・つーか、結局、小泉と連絡とれなかったなぁ。
 もう電話はアカンよな。
 さすがにこの時間は寝とるやろ。
 メールだけでも、しときたいんやけど・・・
 ・・・・・・・・・


 黙り込んだままの大谷を見ながら、理沙は少し不安そうな顔をした。
 そして、大谷の顔を覗きこみながら、話しかける。
「・・・どうかした?」
「え・・・?」
「急に黙り込んでん。あたし変なこと言うたかなぁ?」
 その言葉に、大谷は慌てて笑顔をみせる。
「あ、いや。なんも言うてないで」
「それやったらええけど・・・」
 少し納得のいかない顔をしながらも、理沙は大谷に笑いかける。

「・・・別に福田さんがどうってことやないねん」
「へ?」
「・・・ちょっと考え事してたちゅーか」
「考え事?」
「・・・うん。あ、福田さんはなんか飲まへんの?」
「え、えーと・・・」
 無理やり話を逸らそうとする大谷に、少し戸惑いをみせながらも。
 理沙は飲み物を探して、周りをキョロキョロする。
 すると、急に大谷の背後から声がした。


「なになに〜?チャッピーが理沙ちんと話してん〜」
「塩崎・・・」
 それは、やはり大谷と同じゼミに所属する塩崎だった。
 大谷をチャッピーと呼び始めた張本人で。
 その明るい性格は、ゼミの中でもいわゆる盛り上げ役として重宝されていた。

 塩崎は大谷の隣に腰掛けると、小首を傾げながら、話しかけてくる。
「いまうちの彼氏に聞いたんやけど、チャッピーて、明日みんなと一緒に帰らんてホンマ?」
「そうやけど」
 一年近くも"チャッピー"と呼ばれ続け、さすがに慣れたのか。
 大谷は不満げな表情を見せることもなく答える。
「・・・どっか寄ってくん?」
「ちょっと東京観光しよかなー思て」
「一人で?」
「あ・・・いや」
 思わず言いよどんだ大谷を見て、塩崎はニヤリと笑った。

「もしかしてー!彼女とやったりして?」
「ちゃ、ちゃうで!!!絶対ちゃう!」
 それまでとは違って、あきらかに動揺しまくる大谷に、塩崎は確信に満ちた目をする。
「へー、ムキになるところが、めっちゃ怪しいんやけど?」
「そ、そんなんありえへんっ!あいつ呼び寄せた・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
 大谷は顔を真っ赤にして、両手で口を押さえるも。
 時、すでに遅し。

「ふぅーん・・・呼び寄せたりしちゃうんやー!チャッピーもやりますな」
「いや・・・ちゃうで。ほんまちゃう・・・・・・ちゃう・・・」
 大谷はうわごとの様に繰り返し否定するも。
 塩崎は聞く耳を持たず。
「なー!みんな聞いてーー!!明日な、チャッピーってば・・・」
「うわーーー!!おまえなに言いだして・・・」
 慌てふためく大谷をよそに、塩崎が楽しげに大声を出すと。
 その声に引かれ、部屋中の視線が大谷に集まる。

「チャッピー、背ー低いのに、やることやるなぁ」
「わざわざこっちまで彼女呼び出すん?」
「彼女と旅行するん?めっちゃ仲ええやん〜!」
「まぁまぁ、そない怒らんで。とりあえず飲めっ?」
 まるで大谷を取り囲むかのようにして人が集まってくる状況に、抵抗しても無駄だと悟ったのか。
 大谷は不機嫌そうな顔をしながらも、差し出されたビールを勢いよく飲む。

「なぁ、チャッピー。彼女の写真とかないん?」
「はぁ?!」
 不意に、誰かが言い出したその言葉に、大谷は飲んでいたビールを思わず吹き出した。
「あ、オレも見たーい」
「あたしも見せてほしー」
「待受とかにしてへんの?」
「てか、携帯には入ってるやろ?」
 そして。
 「あっ」と大谷が思った時には、ジーンズのポケットに入っていた携帯は奪われ。
 パカッと携帯が開かれたのと、大谷の落胆の声が聞こえたのはほぼ同時だった。


「・・・これ、彼女ちゃう?」
「あ、このプリクラ・・・チャッピーと彼女?」
「プリクラに名前書いてあるやんっ! "リサ"やって!」
「彼女めっちゃ可愛いー。チャッピーふざけすぎーー!」
 ・・・それは。
 ついこの間、"浮気防止"だとかなんとか言って、リサが貼り付けてしまったプリクラ。
 その時は軽く怒ってみたものの、剥がそうと思えば剥がせたプリクラを、そのままにしておいたのは。
 大谷自身、本当は満更でもなかったからであり・・・。
 が、そんな自分を、大谷は今、激しく後悔していた。

「見んなっちゅーねんっ!!」
 顔を真っ赤にしながら、携帯を奪い取ると、大谷は周囲をギロッと睨んだ。
 しかし、大谷が照れれば照れるほど、周囲は盛り上がるもので。
「ええやん〜、チャッピーラブラブで!」
「この彼女と、明日デートなん?」
「めっちゃ美人。モデルさんみたいやなぁ〜」
 この後、明け方近くまで、この話題が続くとは、この時の大谷は思いもしなかった。


*     *     *     *     *     *

 盛り上がる大谷達から、少し離れた場所で。
 理沙は塩崎と話していた。
「チャッピーの彼女"リサ"ちゃんいうんやなぁ。理沙ちんと同じ名前やん」
「・・・そうみたいや・・・な」
「てか、あたし一回会うたことあるで。めちゃ美人」
「会ったことあるん?」
「夏に海でな。チャッピーと遊びに来てたみたい」
「ふぅー・・・ん」
 興味なさそうな顔をしつつ、理沙は大谷を見つめる。


 ・・・そうや。
 確か高校の時から付き合うてる、言うてた。
 それやったら、夏は海とか遊びにいくやろし・・・。
 ・・・ほんまに、長い付き合いなんや。
 ・・・・・・・・・


「・・・なぁ、塩崎。大谷君て、ほんまに彼女と、明日待ち合わせてんのかな?」
「さぁ・・・でもチャッピーの様子からすると、ホンマやないかなぁ」
「・・・・・・・・・」
「でも、なんでそんなん気にしてんの?」
「あ・・・別に、ただ気になっただけ」
「そうなん?」
「・・・うん」
 そう呟きながら、ヤケになって酒を煽る大谷を、理沙は複雑な表情をしながら見ていた。


 東京まで呼び寄せるて。
 ほんまやったら・・・
 うまくいってる・・・ちゅーことやんな。
 そらそーやわ。
 プリクラ貼ってあったもんな。
 めっちゃ仲良さそうなん・・・

 ・・・・・・・
 ・・・なんやろ。
 めっちゃおもろない・・・
 イライラしてくるっちゅーか・・・


 そんな理沙の気持ちを知る由もなく、大谷は仲間に取り囲まれていた。
「てかさー、今夜はチャッピーのコイバナってことで!」
「あーそれええなぁ。めっちゃ興味あるわ」
「なぁなぁ、どこで知りあったん?」
「いつから付き合ってん???」
 そして。
 悪ノリした仲間たちのせいで、大谷はリサに連絡どころか、寝ることさえできず。
 意識を失うようにして眠りについたのは、外がずいぶん明るくなってからのことだった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ