『魂の呼吸』

□摩天楼ならぬ魔天候
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聞き間違いなら、どれほど楽だったか。だが悲しいことに、それは空耳でも、聞き間違いでもなかった。
「は?紅葉狩りですと!?」
こんな大雪原のド真ん中で何を言い出すのだろう。このお方の前では理解という言葉は虚しい。
「時間と場所をお考えくださいませ、政宗様」
声を張り上げると、凍てついた空気が喉の粘膜に突き刺さった。
こっちは寒くて凍えそうなんです。あなたの戯れ言に付き合っていられません。
ブリザードより凍てついた小十郎の視線が政宗に突き刺さる。俗に言う白い目というやつだ。
「考えた末の結果だ」
「アホですか」
作戦を前にして部下をほったらかしにし、真田をおちょくりに行くとは。他にすることがあるだろうに。久しぶりに顔を合わせて、呼び出されたかと思えば、これか。
もっと大事な話じゃなかったのか?
つくづく政宗様は理解しかねる。
それとも予想外の徳川との呑みくらべで、おかしくなされたのか。
しれっとした政宗の視線に、意に介しない小十郎に、彼は話を続ける。
「弁当も、肝試しも、ケンカもしてねぇじゃねぇか!!ここはせめて、紅葉狩りくらい」
くらい。というのもどうだろう。決して軽くはありませんぞ、紅葉狩りは。
「どういう、おつむりの構造をしておられるのか」
そもそも。
肝試しも何もかも、男だけでするもんじゃねぇ。
それ以前の問題だ。こめかみがズキズキ痛む。
最近、政宗様のおかげで頭痛持ちになってしまった。
どうしてくれようか。
「とにかく夏は終わりましたから、うじうじされてもどうにもできませぬ」
「夏が過ぎちまったからこそ、秋の行事を取り込んでんだ!」
「政宗様、秋もなにも!辺り一面雪でしょうが!!」
雪・雪・雪。今はただ今猛吹雪。絶好の氷像作り日和。
一歩踏み出せば視界はゼロ。
そう。これから向かう地は、視界ゼロの猛吹雪だ。紅葉の要素はひとつもない。
「政宗様、後はお一人で。自分は止めません」
「一人じゃつまんねえから誘ってんじゃねぇか」
「それでは他をあたって下さいませ」
とは言いつつ、政宗様は以外と友が少ないからな……。と分かっている。
「そう言わずに。せっかくだからな」
せっかくって。どういう事ですか。寒さのせいで頭痛が増す。
あああああ!!口で言っても効かねぇ!馬鹿につける薬はない。
「……そんなにご覧になりたいのでしたら、今すぐ作って差し上げますよ?紅葉を」
にっこりと笑って、手のひらをパーに。防寒着の胸元をグイと掴んで引き寄せる。
「……?」
意味がわからず頭の上にハテナマークを浮かべる政宗の頬に勢いよく振り落とす。


べちん


肌を打つ鈍い音。派手に粉雪が空を舞い、ずぼっと山の根雪に埋まった。
「いってぇな、小十郎」
頬に真っ赤な手形の紅葉が出来上がった。
我ながら見事な出来上がりだ。
「でしたら反対側にもつけましょうか?」
「やめろ」
「そうご遠慮なさらずに。背中一面に紅葉を咲かせて差し上げますが」
政宗は色が白いので実にやりがいがあるのだ。
「俺が悪かった」
「察して下さり、小十郎も安心いたしました」
頬の派手な紅葉の言い訳はどうするのか。まさか雪山のど真ん中で痴話喧嘩……な訳はない。が、小十郎の知ったこっちゃない。自業自得だ。これくらいで懲りるとは思わないが、当分は持つだろう。
ということで、当然、紅葉狩りは却下になった。

<終>
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