Short novel

月華の旋律
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 清涼殿、帝の御前にて一人の少年とも青年ともつかぬ麗しい公達が笛を奏でている。その公達の周りにはこの場に居合わせた者たちがうっとりとする様はその表情で笛の音に聞き入っているのがよくわかる。彼の公達が一曲弾き終わり、笛を懐にしまうまで誰一人として動く事が出来なかった。


「見事な笛の音だった。大納言。面影は本当に姉上にそっくりだが性格は太政大臣そっくりなようだな。その様子だとそなたの父と同じ運命を辿る事となりそうだぞ」


 聞き惚れていた帝が今我に返ったかの様に扇子を鳴らし、目の前の青年に賛辞を贈る。この青年の雅楽の音が素晴らしい事を知ってからと云うもの元服出仕してくるのを今か今かと待ちわびていたのは懐かしい記憶だ。

 楽の巧い童がいると聞き童殿上(わらわてんじょう)させ、東宮付きの殿上童(てんじょうわらわ)として宮中を走り回っていた折からかの青年の雅楽の腕は目を見張るものがあり、参内するようになってからは度々こうして呼びつけてはかの音色を堪能していた。

 帝の姉君、彼の青年の母は元内親王であり、彼の青年の父は今の青年の状況のように当時帝だった院に呼びつけられては囲碁の指南や、和歌を詠んでいた。内親王であった青年の母は清涼殿に渡る父を見染め院に懇願し、彼の青年の父の許に降嫁して行ったものだ。その時の様子を当時東宮だった帝は青年の笛の音を聞きながら思い出していた。








 そう、この青年と同じぐらいの年の頃だった。この青年の父が周りに嵌められて結婚したのは――――










「お褒めに与り恐悦至極に存じます。ですが余計なお世話にございます。私と父は別人格。女人には興味はありませんがだからと言ってごり押しで結婚は致しませぬ」


 この手の話題になると苦手なのか不機嫌になる青年。彼の手腕は父譲りなのか素晴らしくまた雅楽の腕も素晴らしい。一つ違いの青年の姉も女御として息子、東宮の許に嫁いできた。お転婆な青年の姉は貴族の姫らしからず行動力のある女の童(めのわらわ)として一時期宮中に来ていた事がある。あのお転婆な姫が今では東宮女御、そしてその弟である青年はその美貌と身のこなしで宮中の女人の憧れの的だと云うのに浮ついた噂は一切なく、色恋沙汰には興味のない様子。そのようなものよりは雅楽の方が好きらしく楽器を手にしている青年は生き生きしていた。

「なに、残念な事だ。そなたさえよければ内親王降嫁を考えても良いと思っておったのに」


「恐れながら主上(おかみ)、私は妻となるものを踏み台にして出世はしたくありませぬ故そのお話はご辞退致します」


「本当にそなたは出世欲がないな。だからこそ信頼できると云うものだ。そうそう、この後東宮御所に参内するのだろう?」


 帝のその言葉を聞いてはっと云う表情を見せる青年。その様子にどうやら忘れていたようだと気づく。この青年が東宮女御の呼び出しを忘れるとは……。


「おや?忘れていたのかね。先ほどそなたの妹君、東宮女御の女の童が文を持ってきていたではないか。この後に参内するようにと言ってきたのではなかったのか?」


「申し訳ありません。これにて退出の許可願えれば……」


 思い出して慌てて退出の願いでをする青年に苦笑を洩らす。思いのほか長く引きとめていたのは否めない。だがこの青年の笛の音は至高の音。ついつい引き留めてしまう。このまま引き留めていればこの青年が姉である東宮女御に怒られてしまう。


「また笛を聞かせてくれ。ああ、今度は琵琶(びわ)も良いな」


「仰せのままに。では御前失礼致します」


 帝に退出許可を願い出てすぐ東宮御所の方に急ぐ。いくら帝に引き留められていたと言ってもあの姉が許してくれるはずもない。またどこかで寄り道していたのだと言われかねない。そんな愚痴を聞かされる前にさっさと謁見して邸に帰りたいものだ。







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