Short novel

□揺らめく時の中で
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揺らぐ時の中で





 燃え盛る炎。崩れゆく建物――――


『父さん、母さん、早く。もうそこまで火がきてる。早く逃げよう?』


 まだ幼いとしか云い様のない小さな手が瓦礫に挟まっている両親の手を引く。すでに返事をする事が出来ない動くことのない父。瓦礫から何とか這い出す事は出来たがもう走る事の出来ない母。せめてこの小さな命だけはと自分の腕を引っ張る幼子の手を優しく包む。もう自分はダメだろう。だがせめてこの未来を背負う命の灯は守りたい………


「火の手の上がっていないところを見つけてそこに走って行って助けを求めてきて。母さんはこの足では動けないわ。だから貴方が助けを呼んで来て。良い?できるだけ遠くに……火の手の上がっていない泉に逃げるのよ。そこには人がたくさんいるわ。そこで助けを求めて。母さんはここで待っているから」


 優しい嘘。もう待ってなどいられない事はこの幼子にもわかる。母が自分を逃がすためについた嘘だと云う事はわかる。でも母とここで離れてしまえばもう会えないのはわかり切っている。必死で母を引っ張っていこうとする。


「いやだ。僕もここに残る。僕が引っ張って行ってあげるから母さんも一緒に行こう?」


 すぐそばまで火の手は上がっている。逃げ遅れればこの幼い命も炎に飲まれる。


「何やってるんだ。ぐずぐずしていたら焼け死ぬぞ」


 幼い子どもが泣き叫びながら母の手を引くのを見かねた大人の男。この街の人間なのだろうその男はその幼子を抱えあげるとその場を離れようとする。


「嫌だ。放せっ。父さんと母さんがまだあそこにいるんだ。助けて」


「諦めろ。お前の両親はもう……死んでいる……」


 男は動かない女の傍から必死で話しかけて手を引っ張ろうとしている幼子を諦めさせるように言い含める。そう、幼子の目に映る母はせめてこの子だけでも守りたいと思った母の最期の残留思念だった。男が幼子を抱えあげるとすぐにその幻はほっとしたように幼子の手を離し、その後ろ姿を見送り消えていった。







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