jam

□愛の虜
1ページ/1ページ




――ギィィ……

世にも重厚な音を立てて、固い鋼鉄の扉が開かれる。
外開きになるその扉は古く、敷居を境界線にして二つの世界を区切っていた。

そう、それはまさしく青い猫型ロボットが出すという、不思議なドアに似た性質を持っていたのかもしれない。


足を踏み入れた先は、決して暖かいとは言えないこの建物で殊更温度が低いと感じさせる。
背筋には謂れのない悪寒が走り、私は両の腕を交差させてぶるりと一つ身震いをした。

そうして息を一つ吐く。
春先だというのに白く染まる気体がよく映える。
何故ならば、背景が黒いからだ。

もっと端的な言い方をすれば、そこが暗闇であるから、だ。


無駄に高い天井にカツカツとヒールの音がよく響く。
唯一光を取り込んでいた背後の扉が閉められると、一瞬そこは真っ暗の空間に成り果てる。

夜の闇よりも濃い、黒。
いっそ純粋だとすら思わせるその色は、この空間に生命反応があることさえも罪と思わせるような深さだ。


しかし数秒と経たずに部下の男がバッと大きなライトを点ける。
一気に戻った視界に、僅かに眩暈が起きた。





「――起きろ」



背後に控えていた一人の部下が言う。
それは勿論私に対してではなく(この通り私はばっちり起きている)、私の更に先に向けられたもので。



「…ん、あー…」



スポットライトが燦燦と降り注ぐ中心。
堅剛な造りの椅子に座っている――否、座らされている男は、さも今しがた起床したと言わんばかりの眠たげな声を上げた。



「あれもう朝?何か大して寝た気しないんだけど」



口元がへらりと弧を描き、男が笑ったのだというのが分かる。

分かる、と敢えて遠まわしな表現をしているのは、私が彼の表情全てを把握できないからだ。
その目元を覆う、遮光性のアイマスクのお陰で。



「…お前が坂田銀時か」



私がおもむろに問うと、へらへらと横に緩んでいた口が僅かに縦に開かれた。
驚き、ととれなくもないが、決してそんなに大きな感情ではないだろう。



「めっずらしー。こんなむさいとこに女の子なんかいんだな」



どうやら勘は当たったらしい。

私、というか、自分と違う性別の生き物が存在したことを喜ぶかのようなその口調。
隠れた目元すらも嬉しそうで、私は思い切り眉を顰めた。



「それがどうした」

「えー、何か嬉しいじゃん。
ここんとこ毎日毎日オッサンの声ばっか聞かされて、俺いー加減気分が滅入ってたんだよね」



嬉しい、と。
そう言って男はまた一つ笑う。



「(…よく喋る、というかよく笑う男だ)」



その足元で、重たい鎖がじゃらりと音を立てた。



「不本意だが」

「うわ、おねーさんキッツ!不本意とか言っちゃうわけ」

「…心底不本意だが。
本日貴様の担当を任された。よろしくすることもないが…」



そうして私は手近な椅子を引き寄せる。
やはりそれも古いもののようで、ギシギシと軋んで足が床に線を作った。



「何かあるなら聞いてやる。それが私の仕事だ」



後ろ手に手を組んで立ち並ぶ男達の中で偉そうに足を組む。
パラリと手元の調書をめくれば、まるで心地よい音楽を楽しむかのように男が背もたれに沈んだ。



「最後に言い残したいことは」

「…言い残したいこと、ねぇ」



ボールペンを顎にあて、一回ノックさせる。
かちりという小さな音すらも反響させるその部屋の、何もない虚空を男は見つめてみせる。



「特にねーな、そんなもん」



しかし僅かに考えたような仕草を見せたにも関わらず、そいつの出した答えは何ともあっけないものだった。



「…嘘を吐け」

「嘘じゃねーよ」

「恨み言でも泣き言でもいい。
折角聞いてくれるヤツがいるんだから、ぶちまければいいじゃないか」



そう、私が見てきたのはそんな人間ばかりだった。

きっと覚悟は決めていたのだろう。
命乞いをするものこそいなかったが、誰もが犯した罪を悔いていた。


もしもなんて、そんな希望は与えないのだけれど。
(だって私は神でも何でもない)(許すことも、与えることも)



「はは、面白いこと言うねおねーさん」



だと言うのに。



「…何がおかしい」



どうしてこの男は、こうもへらへらと笑っていられるんだ。



「だってぇ。俺別に何も後悔してねーもん」

「…は、」

「何つーの?いっそ清々しいみたいな?
いやァ、人間やり遂げた後ってこうもすっきりするもんなんだなー」



男の様子に、その場にいた者が全員唖然としていた。
中には怒りを感じる者もいたようだが、私としてはそんなものとっくに通過してしまった。



「…貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「勿論。分かんねーならやってねーもん」



まるで、悪戯を注意される子供のように。
まるで、この世の理を操る神か何かのように。

あっけらかんと言ってのけ、男はまた笑みを深める。



「だってさ。すっげー大事だったわけ。大好きで大好きで…アイツ以外何も見えねーっつーかさ」

「………」

「笑った顔とかさ、すげーヤベーの。寧ろ俺は自分の理性を誉めてやりたいよ」



よくそこまで耐えた、ってな。


その言葉に、ただでさえ低い室温が急降下した気がした。
悪寒なんてものではない。
身に染みて知る行き過ぎた感情に、こちらがどうにかなってしまいそうだ。



「そんだけ大切だったらさ、何が何でも他人にやりたくないと思うじゃん。いやこん時気付いたんだけどさ、俺って実はけっこー独占欲強いみてーでさ、」

「…それは独占欲なんて言わん。


ただの、狂気だよ」



私がそう言えば、男はきょとんとした表情をしてみせる。



「キョーキ、」

「そうだ。いくら彼女が大切だったからとは言え、お前は人の道を外れたんだ。
それを正当化しようなど、そんなものは貴様のエゴに過ぎん」



ギシ、
私のものか奴のものか。
どちらとも分からないが、確かに椅子が軋む音を立てた。

どうにも座り心地が悪いから、そのうちに新調してもらわねば。



「…やっぱ面白ェな、アンタ」



と、私の言葉を吟味するかのように俯いていた男が、ぱっと顔を上げる。

そこに浮かぶのは喜色。
恍惚にもにた光、それを弾く鈍い銀色。



「あ、そうだ」

「…何だ」


「俺のお願い、聞いてくれんだよね?」

「…あ、あ」



お願い、と可愛らしい単語を使われたのに、何故だか言葉が一瞬喉に引っかかった。
恐怖にも似た、だけれども違う、もっと何か別の感情が食道を伝ってせり上がる。



「…もう少し、声を聞かせてよ」

「…何だと?」


「アンタの声、ちょっとだけどアイツに似てんだよね。
何かアイツといるみたいで、すげーゾクゾクすっから、」

「………」


「どうせさァ、





――アンタが、殺してくれんだろ?」





「………ッ…!!!!」














Prisoner
of
Love



其れは、

最も美しく、最も愚かしい










後悔なんてねーよ、

どうせアッチで、アイツに会えるんだから。











氏名:坂田 銀時
性別:男





罪状:   、










(だからおねーさんも、最後のサイゴまで見届けてよ)
(俺の愛とやらが完成するその瞬間までも)










------------------------
狂い気味銀ちゃんでした。
分かりづらいけど、恋人殺しで死刑囚とかの設定…いやあんまりこのテのことに詳しくはないので、ちょっとうやむやなとこあるんですが…

世にも奇妙な話すぺさる見てて思いつきました。自分の思考回路が怖いです…


(080316)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ