jam

□踊り続ける
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――キーンコーンカーンコーン
機械のはずなのに調子の外れたチャイムが校内に響き渡る。それを合図に本日最後の授業が終わり、同時進行でHRも終了した。

誰よりも先に担任の坂田が教室を後にし、それから部活があるという土方・近藤が続く。沖田は「さよーならー」とかナチュラルに帰ろうとしていたけど、土方にとっ捕まって強制連行。それから委員会があるらしいクラス委員の桂君がエリザベスを連れて出て行き、ケーキバイキングを制圧すると意気込む妙と神楽に手を振った。
ぞろぞろと教室からはクラスメイトが出て行って、朝は遅刻上等の集団だというのに帰宅の時ばっか優秀なんだなあとそんなことを思う。かく言う私もそろそろ帰ろう。今日は確か山ピーのドラマの再放送があったはずだ。

そう考え鞄になけなしの荷物を詰め込みだした数秒後、隣の席の男が盛大な音を立てて席を立った。さっきまでグースカ寝ていたはずなのに、コイツもやっぱり3Zの一員に他ならない。



「高杉」



私以上に荷物の入ってない鞄を引っ掴み教室を出ようとするその男に声をかける。かったるそうに振り向く一瞬、目が据わっていて怖いなあと思った。



「あに」

「あにって、コレ5限の宿題。アンタ午後ぶっ通しで寝てたから知らないだろーけど、坂本先生泣きながら罵詈雑言吐いてたんだからね」

「はっ」



カッコつけてんだか知らないけど、高杉はそうやって笑った。「アイツには冷静と情熱の狭間がお似合いだ」とか訳の分からない台詞を吐き肩を竦めてみせる。いやホントわかんねーから。今度それは一体どこにあるのかLHRの議題として取り上げてみたいものだ。



「可燃ごみに入れとけ。どーせ持って帰ったってやりもしねーよ」

「てめえな」



事実ではあるが一々腹の立つ奴だ。どうせ帰ったって寝るかOweeで遊ぶかしかしてねー癖に!最強の不良とかいいながらモンハン私に勝てないヘタレの癖に!



「お、もうこんな時間だ。テメーに構ってられるほど暇人じゃねんだよ俺ァ」

「オイコラもう一辺言ってみろ。テメーその鬼●郎ヘアーパッツンに切り揃えてやっかんな」



私が本気ではさみを取り出せば、ちょっとだけ眉を顰める高杉。これでも高校入って3年間同じクラスだから、私が有言実行の女だということくらいは分かっているんだろう。

渋々宿題の山を受け取ると、空っぽの鞄に詰め込む。いつになく重量感のある革の入れ物を見て、漸くコイツが高校生なんだと認識した。



「あ」

「あ?」



そうして平和に帰ってくれるのかと思いきや、顔を上げて何事か声を上げるそいつ。(通称バカ杉)何だと思いながらその顔を見れば、「あちゃー」とでも言いたいのか額に手を宛てていた。



「おいブス」

「返事しねーぞチビ」



しかも何やら呼びかけが暴言くさいぞコラ。今に始まった話ではないのだけど、呼ばれる度に腹が立つ。明日の朝コイツの机に花瓶置いといてやろうと心に決めた。



「これ」

「んー?」



私が明日の計画を脳内で練っていると、すっと目の前に何かを差し出された。何だ何だ。覗き込んでみればどうやらそれはCDという名のアレであるようで。



「え…何、いいよお礼とか」

「何の礼だよ。テメーに感謝することなんざ一つもねえ」

「何をををを」



この野郎、宿題を教えてあげた私に対して何て言い草だ。明日の嫌がらせは花瓶じゃなくて腐った牛乳に変更しよう。



「コレ、借りモンなんだけどよ」

「だったら返してきなよ」

「バカ、俺ァ今日予定があんだよ」



だからテメーが返しに行け。え、いやだよふざけんな。ふざけてねえ俺ァ至って本気だ。マジと書いて本気だ。その補足いらないよね?

不毛な言い争いを繰り広げつつ、何やかんやでCDは私の手の中に。(アレ?)汗をかいた額を拭いながら走り去る高杉に、私は本気で殺意を覚えた。



「てめッコラ高杉ィィィ!!」

「悪ィなアバズレ!」



誰がアバズレだ。クラスメイトの阿音ちゃんがそう呼ばれているのを聞いたことがあるけど、一緒にしないで欲しい。
もう殺すだけじゃ気がすまない。存在を抹消するには何かいい方法はないものか。



「…てゆーか誰に返すか聞いてねェェェ!」



肝心なことに今更気付いた私はバカだと思う。というかやっぱり言って行かなかった高杉が一番バカ。
今日帰ったらチェンメでアイツの寝顔をクラス中に回してやろうと思いました。


そんなこんなでCDを抱えたままどうしようもなく教室に佇む私。気付けばここにいるのはただ一人になっていて、最後まで残っていた屁怒絽様も先ほど席を立たれたらしい。帰り際に「さようなら、また明日」と言われたような気がしたけど返事は出来なかった。明日私は殺されるかもしれない。



「いやだよー!」

「何が嫌でござるか?」



自分の犯した過ちに気付き紅く染まる教室で叫んでみた。一人だと思ってやったことだというのに、何でか背後に人がいたようだ。
教室のドアは閉まっていたはずなのに。ただでさえ紅い光に照らされているというのに、羞恥によって私は真っ赤になってしまった。



「…あ、の」



穴があったら入りたい。そして蛹になって永久の時をそこで暮らしたい。そんな思いに駆られているとは露ほども知らないであろうという涼やかな表情で、その人は教室を見回した。
見たことがない人だ。きっと別棟の人に違いない。



「すまぬが、」

「へぇい!?」



ぼんやりとその人を見ていたのだが、いきなり声をかけられて変な声が出た。さっきのも合わせて二重で恥ずかしい。もう穴があったらそこに埋まって窒息死すればいい私。



「…ななな何でしょう」

「もう残っているのはそなただけか?」



さっきは緊張で分からなかったけど(いや現在進行形で緊張しているけど)、何だか時代がかった喋りをする人だ。それによく見ると物凄い背が高い。160あるかないかくらいの身長の私からしてみたらかなりの大きさだ。しかもサングラスなんかかけてるから、妙に威圧感が。



「左様でござりまするが…」



つられて私も妙な喋り方になってしまった。ツッコんでくれるかと思ったのに意外にもその人は「ふむ」の一言で流してしまった。そしてそのまま顎に手を当て暫しの黙考。チクショウこーのボケ殺しさんめ!

誰をお探しかは知らないが、私には与えられたミッションがあるのだ。というか今とっさに思い出したのだけれども、兎に角この空間はい辛くてしょうがない。
私は用意の出来ていた鞄を掴むとそそくさと教室を後にしようとした。早いとここれを返して帰らねば。てゆうかもう面倒だから高杉の下駄箱に突っ込んどいてやろう。

そう思い未だ考え続けるその人の横をすり抜ける。が。



「ん」

「ぎゃぁ!?」



何を思ったか、そのやたらデカい人はセーラーの後ろ襟を思い切り引っ掴むという暴挙によって私の足を止めた。足は止まったが息も止まりそうになった。何なんだ今日は、厄日か。

恐怖と困惑の入り混じった瞳でその人を見上げる。夕日に反射するサングラスの向こうはやっぱり暗くて、睨まれているのではないかという気すら起こさせる。



「あああのなな何か」

「あ、いやすまぬ」



しかし案外その人の声は優しいものだった。本当に咄嗟に手が出てしまったというような仕草で私を解放し、ついでに皺がついた襟を直してくれる。



「その手に持っているのが拙者のものに酷似していたものでな」

「これ?」



まさしくその手に持っているものとは件のCDでありまして。ちょいっと掲げてみると「失礼」とでも言わんばかりにその人は膝を曲げてそのジャケットをまじまじと見つめてきた。
え、ちょ、近い近い近い!



「ニルヴァーナのベストでござるか」

「え、あの…」

「奇遇でござるな。拙者も好きな歌手だ」



そう言ってその人は口元で微笑んでみせる。距離が近付いたせいかサングラスに隠れた瞳が細められたのが分かった気がして、不覚にもちょっとだけドキドキした。



「い、いやこれ私のじゃ、」

「今は友人に貸し出し中なのだがな」



どうでもいいけど私の話はさっきから耳に入ることはないらしい。気付けばその人は陰陽模様が刻まれたヘッドホンをしているではないか。これで会話が成立するはずないだろーが。人と話すときはヘッドホン外しなさいってお母さんに言われなかったのか。

シャカシャカと小さく刻まれるリズムが耳に響く。私の視線や言葉はまるっきり届かない様子で鞄をあさり、何かを探り当てるような仕草でもってその人は「おっ」と声を上げた。



「あったあった」

「?」



差し出されたのは一枚のアルバム。



「それとはテイストが違うがな、これも中々面白き作品ゆえ」

「え、」

「それからこれ、拙者たちバンドをやっているでござる。もし興味があったら聞きに来てくれ」



ニルヴァーナはやらんがな、そう言ってその人はまた一つだけ笑みを漏らした。さっきよりも柔らかい笑顔に今度こそ私の胸は確実にトキメキを覚えていた。

それからポンポンと子供をあやすように頭を叩き、その人はくるりと踵を返す。ヘッドホンは相変わらずで、背中にはなるほどギターと思しき黒いバックを背負っていて。



「…ちょ、え、何コレ」



叩かれた箇所が微かに熱を帯びている。えええ嘘だろないってコレはナイナイナイナイ。
大体キューピッドが高杉だなんて笑えなさ過ぎる、
















ドギマギと手渡されたそれを見れば、「寺門通」の最新アルバムと“鬼兵隊”と書き殴られたバンド名らしきチケット。
どっちも意外過ぎて笑うこともできなかったが、とりあえず明日高杉の机には腐ってない牛乳を贈呈してやろう。





(080806)


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