HEAVEN!!
□叢雲
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歩くたびに頭上で星が揺れる。
シャラシャラという繊細な調べに、いつもよりもそこに意識が行ってしまう。
「………」
スタスタと先を行く男の後を追いながら、道々のガラスや鏡に映る自分といちいち目が合う。
頭に一本、ただ簪を挿しただけなのに。
それにばかり気を取られるなんて、あたしも大概調子がいい。
突かず離れずの距離を保っていたのだが、その間も男は何軒かの店立ち寄った。
その種類は様々で、雑貨屋のようなところに寄ったかと思えば飲み屋に足を運んでみたり。
かと思えば全くもってただの民家にしか見えないような場所に立ち寄ったりと、行動の意図がまるで読めない。
「ここで待て」
その店自体というよりも、経営側にようがあるようにも思える。
フラリと店々に立ち寄っては、特に何を購入した様子もなく出て来てしまうからだ。
「………」
そして現在。
場末のスナックとも呼べそうな古い外装の店の前であたしは待ち惚けを食らっている。
お客のことを詮索するのは花街においてご法度だが、こんなに連れ回されたんじゃ気になってしまうのもまた道理。
チラリと僅かに開いた扉より中を覗いてみたが、薄暗いそこでは男がいるのかすらも確認するのが難しかった。
「…ふぅ」
もっと面白いものを見せる、と男は言ったはずだ。
なのにこれでは単なる御付じゃないか。
楽しいことなど何もない。
「…ってアホか」
そう考えて自らの頭をぺしりと叩く。
バカバカバカ。
その言い方じゃまるで、あたしが何かを期待していたみたいじゃないか。
簪を買ってもらったくらいで、何をアッサリ淘汰されようとしてるんだ。
自分の思考に呆れて溜め息が出た。
首を下げたから簪も一緒に頭を垂れたらしく、上のほうからしゃらりと涼しい音がする。
「………」
手を伸ばしそれを抜いた。
やっぱり綺麗な音のそれは、きちんと掌で畏まっている。
「…訳わかんない」
アイツの行動が分からない。
冷たいのか優しいのか。
“攘夷志士”の“高杉晋助”は、一体花街に何をしに来たのだろう。
そこまで考えて思考をやめた。
考えても詮無いことだ。
第一言ったではないか。
「俺はお前を買ってやる」と。
彼の興味が尽きればあたしもどうなるかは分からない。
そこまで言われていながら、今更高杉という男に興味を抱く、自分自身が一番分からなかった。
数分して、男は店から戻って来た。
それに気付いてあたしはぺこりと頭を下げる。
「…オイ」
と、そこで男があたしに声を掛けた。
「はい?」
「それ、どうして抜いてる」
指差されたのは件の簪。
ああ、というようにそれを掲げてあたしは言う。
「…今は仕事中ですので。
ご好意はありがたいのですが、浮かれるのはどうかと思いまして」
「…ほォ」
それらしいことを言ったつもりなのだが、男の気には召さなかったようだ。
僅かに眉間に皺を寄せ、簪をあたしからふんだくる。
「いらねェ、とそう言うことか」
「は?」
「てめェだって喜んでたようだがなァ」
「!」
見てないようで見ていたのか。
端から見たあたしはそれはそれは滑稽だったろう。
「いいからつけとけや」
「や、でも」
「こんなん首輪の代わりにもなりゃしねェがなァ」
そう言って男はペロリと簪に舌を這わせる。
男の癖に妖艶な、濡れたような瞳に鳥肌が立った。
まるであたし自身がそうされているようだ。
「次に嫌がったら捨てるからな」
「………」
再び頭に帰って来た簪。
重さも形も変わってはいないはずなのに、やけにそれに意識が行く。
まるで頭皮が焼かれているようだ。
次で仕舞いだ、と言って男は踵を返す。
あたしは少しだけ間を置いてから、その背を追うように足を踏み出した。
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