HEAVEN!!
□叢雲
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最後だと言われ到着したのは、路地裏に店を構える所謂お茶屋。
売春行為は幕府が禁じて久しいが、花街のように認められていないにも関わらず、かつての名残を残す茶屋は風俗店に相俟って細々と残っているのだ。
「行ってらっしゃいませ」
言われずとも外で待つ姿勢を取る。
男は一瞥をこちらにくれてから、すっと店の暖簾を潜った。
「…ふぅ」
これから暫くは暇な時間になる。
ていうか茶屋に一体何の用だ。
姫様を一週間も買っときながら、ここで女と戯れてたら死罪に値する。
表で働いているのは中年の夫婦。
その人らに二言三言言葉をかけ、男は二回の座敷へ上がって行く。
「…はー…」
理解したくはないが、あの先にいあるのは間違いなく女。
まだ日も高いし事に及ぶとは思えないけど…
「…あれはなぁ…」
男のことだ、分かるはずもない。
そう溜め息を吐き店の前の長椅子に腰を据えた。
前科がある以上、乗り込んで行く訳にも行かない。
きっとあたしを待たせるのだから、そんなことはないのだろうけど。(と思いたい)
「ふぅ、」
大通りから逸れた道にあるこの店は、日陰になっていて丁度いい。
まだまだ暑いとは言い難いが、歩き通しで疲れた足をさすさすと交互に摩った。
「あれェ―――?」
と、その時。
頭を下げた方向から、男のものと思える声が聞こえた。
何だか聞き覚えがある、そう思って僅かに顔を上げれば、裏手から下男のような男が顔を出している。
「…お前は、」
ニヤニヤと下卑た笑いを湛え、男はこちらに近寄ってくる。
顔まではあまり覚えていないが、間違いない。
先日裏道で石を投げつけて来た野郎だ。
「大店の禿さんがどうしてこんなとこにィ?」
「…そんなの僕の勝手だろう」
花街から離れこんな茶店にいるなんて、妓楼で働くものとしては確かに不思議な光景だ。
しかしそれは相手にも言えることのはず。
「貴様こそこんな所で何をしている」
「自分は秘密主義なのに俺には聞く訳」
随分なご身分で、男はそう付け足して笑った。
どうせ大した用ではないのだろう。
そう思いあたしは視線を外す。
「この辺さァ、気をつけたほうがいいぜ?
どこにどんな情報網が張られてるかわかんねェんだから」
「…何が言いたい」
殺気を込めて言う。
すると男はニヤァっと口角を上げ、態とらしく耳元でこう言った。
「アンタんとこの客、攘夷志士さんなんだろ?」
「だから何だ」
「あんまりこんなとこウロウロしてっと、お巡りさんに捕まっちまうぜ?」
「………」
言われた瞬間あたしは男の足を払っていた。
途端ひっくり返る下男。
立ち上がってあたしはそれを見下ろした。
「どこぞのバカが情報を売りでもしない限り大丈夫だ」
「い…ってェ」
「どうした?
そんなところに転がって」
「…っのアマ!」
言って男は飛び掛った。
困ったな。
生憎今日は脇差を持ってきていない。(高杉が嫌がるから)
勿論殺すことはしないけど、威嚇することが出来ないじゃないか。
「あんまりナメた真似してんなよ。テメーは所詮太夫の腰巾着でしかねェんだ。
問題起こせばすぐにお役ごめんだぜ!」
反対に男は小刀を所持していたようだ。
これはいよいよまずいことになって来た。
「…そんな物騒なものを出して、強がっているつもりか」
「フン、何とでも言え」
男が小刀を構える。
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