HEAVEN!!

□戦禍ノ雪
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――それは、過ぎ去った季節が巻き戻ってきたかのような日のこと。



揺れる輿の上、御簾を張り巡らせた箱より空を見やる。
昨日までの麗らかさはどこへやら、どんよりと鬱屈した雲が空を覆っている。



「姫様、危のうございます。気安くお顔を覗かせめさるな」

「あら、ごめんなさい」



そっと御簾が揺れたのに気付いたか。
輿の隣に並ぶようにして歩いていた女が眉を顰めて言った。



「空の様子が気になって。ここからじゃよく見えないんだもの」



謝っておきながら、しかし姫と呼ばれたその人物は顔を出すことを諦めてはいないようだ。
くりくりとした瞳を好奇に揺らしながら、未だ空を見据えている。



「またそんな童のようなことを!」

「だって、」

「だってもさってもありませぬ!
ここをどことお思いか?子供の遊戯場ではありませぬぞ!」



厳しい調子でぴしゃりと言われ、姫はしぶしぶ御簾の中へ戻る。
それを見ていた年かさの女は、呆れたように溜め息を吐いた。





長い長い行列を組んで、一向は焼けた野原を歩いていた。
まるで色が抜け落ちたかのような世界に並ぶ、煌びやかな行列。

そのコントラストは異様なものでありながら、一層華美を増して見えた。



「…惨いものだ」



行列の先頭にて、男が一人ごちる。
漏れた言葉は苦々しく、表情は苦虫を噛み潰したかのよう。

見渡す限りの焼け野原。
しかしああ、先日まではここも美しい花畑だったはずなのに。


馬上よりその景色を眺めていた男に、一人の従者が駆け寄った。



「殿!」

「…何だ、騒々しい」



がしゃがしゃと腰に佩かれた日本の刀を揺らし、駆け寄った人物。
振り返った“殿”に、彼は膝が汚れるも構わずに頭を垂れる。



「申し上げます!やはり昨日の襲撃に逢ったのは、この先の村に間違いないかと」



報告を続ける男の話に、殿と呼ばれた人物はますます眉を顰めた。

この惨状を見て何もなかったとは思ってはいないが、まさか自分の治める民草が犠牲になったとは。



「…殿?」



馬上より降り立った男を、従者が慌てて呼び止める。



「暫時様子を見てくる。皆はここにて待機しておれ」



その台詞に従者はぎょっと目を見開いた。

仮にも一城の主がふらふらと供もつけずに偵察というのだ。
家臣として心中穏やかでいられないのは当たり前だろう。



「殿!戯言はおやめ下さいませ!
ここは戦場、常の城下とは違うのですぞ!?」



叫ぶようにして訴えた従者に、しかし男は微動だにせずに返す。



「何が戯言か!私の治める村をこうも簡単に蹂躙されたのだぞ!
それを私が見捨てて何とするか!」



それは暗い曇天を裂くような大声で。
肩を揺らし、一瞬怯えたような表情をした従者もはっと顔を上げる。



「ここは私の国だ、殺されたのは私の民だ。
いくら分家と言えど、これはこの徳川家家への謀反に同じよ」

「…殿」



強い言葉。
しかしその瞳には哀しみに似た色が宿っている。

それを見て従者は再び地に膝を突いた。
生まれついての覇者たる彼が、どうしてこんな辛苦を味わわなければいけないのか。

そんな歯噛みにも男は笑い、そうして外套を翻す。



「では行って参るぞ。姫を…“深雪”を頼むぞ」

「は…っ」



その背中にすら威厳を感じる。

本来ならばこんな戦禍を歩くこともなかったであろうその人を、人は「うつけ鷹」と呼んだ。
外面は飄々として見せながら、その実は誰よりも英知を秘め、誰よりも人を思う。
さながら阿呆を装う鷹のようだ、と最初に言い出したのは誰だったか。



――彼の名は徳川家家(イエイエ)。
第十三代徳川将軍、茂茂の叔父に当たるこの人こそ、後に悲劇の殿として歴史に名を残す男である。











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