HEAVEN!!

□戦禍ノ雪
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報告があったのは、その日の早朝だった。
薄暗い朝焼けの中を、一騎の駿馬が駆けて行く。

その影を櫓にいた守衛が確認する。
重厚な門前に辿り着くと、馬に跨る男は大声で叫んだ。



「火急の報せだ!即刻門を開けられよ!」









「――何!?」



時刻は未だ朝日も眠る卯の刻前。
しかし分家徳川の城は既に慌しく動き始めていた。



「それは誠か?」

「は。畏れながらこの忠助、しかとこの目で見て参りました」



城の中枢に位置する大広間。
上座に座するは城主の家家だ。



「これより2里ほど離れた山村が夜襲に遭ったとのこと。
至急確認の為に私自ら馬を飛ばしました」

「して、状況は」

「…思い出すも惨たらしい惨状に御座いました。
家は焼かれ、地は黒ずみ、まるでごみのように人が道端で重なり合い…」

「…何と」


言って家家は額に手を宛てた。
「お館様!」と数人の侍郎が駆け寄る。



「夜中でした故細かな確認までは行きませんでしたが…恐らく生存者は皆無かと」



悲痛な面持ちで青年は歯噛みした。
畳に突いた拳をぎりっと握り締める。



「そうか…ご苦労だったな」



悔しさに震えるまだ年若い家臣の様子を見、家家は労いの言葉を掛けた。

しかし次の瞬間には、何を思いついたか険しい表情で虚空を見つめている。



「…殿?」



青年が声を掛ける。

立ち上がった家家は振り向き様にニヤリと笑い、寝巻きの白い裾を翻してのたまった。



「確認までは、と言うたな?」

「…は、はぁ」

「ではまだ完全に可能性がなくなったわけではあるまい」



主君の言葉に青年はぎょっとする。

まさか。
心中で彼はそんなことはと思念を振り払うが、長年この殿に仕えてきた自分の勘とも言える何かが訴えかけていた。



「まさかとは思いますが…殿、御自ら村に参るとかそういう…」

「無論、そのまさかだ」



二カッと笑うその顔は、さながら悪戯を思いついた子供のよう。

壮年でありながら子供のような魅力を持つ彼は、女性にそれはそれは人気があった。
が、しかしそんなもの家臣からしてみれば迷惑以外の何者でもない。



「いいいけませんよ殿!襲われたのは昨日の今日だというのに、貴方様が出向かれてもしものことがあれば…」

「何、心配には及ばんさ。私が死んでもお前らがいる」



軽々しく自分の死をこの人はよく口にする。
それは彼ら家臣からしてみれば、身を裂かれるような苦痛だというのに。



「それに何より深雪がいる。
あれはやもすると私以上のキレ者だぞ。おなご故城主とはいかんだろうが…」

「誰が死後の話をしてるんですか!
聞きませんよ、そんな遺言みたいな台詞は!!」



悲痛な叫びも彼にとったらそよ風のようなもの。
ふはは、と豪快に笑い飛ばし、「よきにはからえ」なんてそれっぽい台詞を吐きながら家家は自室へと引っ込んでしまった。



「…っあ…っんのバカ殿が〜…!!」










家家の特徴を挙げるとして、数えて十に入る事柄のうちに“頑固者”という事項があった。

自他共に認める彼の頑固さは、普段の飄々とした雰囲気からは感じることができない。
が、しかし一旦自分がこうと決めたら、どこの誰が何と言おうがそれを貫こうとする。

例え相手が重臣だろうが民だろうが、果ては将軍だろうとて、そのモットーが覆されることはなかったという。



「偵察!?」

「うむ」



話を聞き、殿付きの老女は甲高い声を上げる。
火急の報せと寝巻きのままで飛び出した主君が、今度は「鎧を持て」などと言い出したのだから当然といえば当然だ。



「なりません。私は絶対に聞けませぬぞ」

「はは、それは忠助にも言われたよ」



困ったな、と大して困ってもいなさそうに彼は笑う。
こめかみをかしかしと掻くその姿は、これまで戦場で豪腕を揮ってきた猛者には見えやしない。



「戦に行くわけでもあるまいし…何をそんなに引きとめたがる」

「寝言は寝てから言いなされ!
貴方様はこの城の主、延いては日本国の一端を担う国主ですぞ!?それをこうも易々と出掛けられては、私どもはいくら寿命があっても足りませぬ!」



喧々と叫ぶ老女に耳を塞ぐ。

かれこれ何年こんな台詞を聞いてきただろうか。
愛されているととれなくもないが、天衣無縫な彼にしてみたらこんな言葉は足枷以外の何者でもなかった。





「…まぁまぁ瀧島殿、そのくらいにしてあげてくれないかしら」



老婆に睨まれ冷や汗をかく家家の背後から、凛とした声が掛かる。



「…深雪様」



老女も苦々しげに呟いた。

家家が振り向いた先には、薄暗い廊下に火を灯すような笑みがあって。



「おはようございます、父上」



にっこりと。
まるで朝露を弾く花びらの如く、美しい姫は笑って見せた。










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