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□レテの深界に沈没
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――しかしどうにも私の頭は混乱に弱かった。
出されたお茶もすっかり温度をなくし、さやさやと入り込む風に僅かばかりの波紋を浮かべている。
それを見ていたらですね、何となーく眠気を誘われたっていうか…
いやいや決して私のせいではないですよ?件の副長さんとやらが私を待たせるからこうなった訳で。
うとうとうと。
すっかり船を漕ぎ始めていた私は、いつの間にやら机に突っ伏していたらしい。
何やらぎゃあぎゃあと喧しい声に意識が浮上し、むくりと顔を上げてみる。
「…ってあ!起きました、起きましたってば副長!」
「あン!?」
「………」
…鬼だ。鬼がいる。
寝起き一番視界に飛び込んで来たのは、さっきの優しそうなお兄さんの胸倉を掴み上げた瞳孔全開の危なげな人。
お兄さんが指差した先の私を認めるまで、その目は人殺しのそれだと思った。確実に殺られると本能が叫んでいた。
「…あ、ああああああの…」
「どもり過ぎですよお嬢さん」
完全にびびってしまったらしい私のこのない胸のチキンハート。
眠気なんてすっかりどこか遠い星へ里帰りしたらしく、今はただひたすら腕が震えて仕方ない。
「そんなに怖がらないで下さい。この人瞳孔開いてるし目つき悪いしついでに口も悪くていいとこなんか顔とスタイルくらいしかないですけど、取って食ったりしませんから…多分」
きっと落ち着かせるために言っているであろうその言葉が、全て裏目に出ているとお兄さんは気付いているのだろうか。
ていうか背後の空気が一層重々しくなってんですけど!?
「…やーまーざーきー…」
「…あ゙」
「てめェェェ本人を前によくもまぁそこまで言えたモンだな!」
「おおお俺は副長をフォローしただけであべし!」
「うるっせーよそんな人を蹴落とすフォロー聞いたこともねェよ!お前今すぐ切腹な!」
「理不尽!」
何やら色々と取り込み中らしい。
恐怖やら何やらで兎に角呆気にとられてしまい、私は軽く放心状態に陥っていた。
――そんで五分後。(多分)
漸く冷静を取り戻したらしい男性が、どっかりと私の目の前に腰を下ろす。
因みにお兄さんはたったこの数分でボロボロになり、隅っこでお茶を汲みなおしている。
「…で?」
「え?」
お兄さんに哀れみの視線を送っていたら、いきなり話を振られたのでびっくりした。
「てめェが手紙を寄越した女か?何度も言うようだが俺は答えらんねェって…」
「…すいません、それ何の話ですか?」
おずおずと右手を掲げて言えば、男性の顔が「は?」の状態で固まる。
「…お前はこないだウチが上役と飲みに行かされた店の妓じゃねェのか?」
「…私そんなお店に出入りした記憶もありませんけど」
その言葉を聞いて男性の額に青筋が走った。
同時に殺気を感知したお兄さんが走り出そうとするが、間一髪というところで捕えられてしまう。
「山崎…だ・れ・が、恋文を寄越した厄介な女だってェ…?」
「ひィ…!すすすみません副長!だってその人そんな格好してるから!」
指差されはたと我に返る。
…そう言えば何やかんやで着物ぼろぼろになっちゃったなあ…
そんなことをぼんやりと考えていたら、手元にあったメモがかさりと鳴った。
そこで漸く本題を思い出し、男性に話しかける。
「あの、私土方さんという方に会いに来たんですけど」
「…あ?」
マウントポジションでフルボッコにされていたらしいお兄さんからやっと顔を挙げ、男性は胡乱気な目で私を見た。
「…土方は俺だが?」
「え?」
とどめとばかりにお兄さんの頭部を蹴り上げ、男性は煙草に火を点ける。
ちょ、私一応客なんですけど。
「え、あの失礼ですけど土方さんってお二人いらっしゃるんですか?」
「いや?ここには俺一人だな」
「???」
返答に頭が混乱する。
だってあの時、少年は確かに土方って…
「用件は何だ?悪いがこっちも何かと忙しい身でな」
「あ、はい、あのこれなんですけども…」
壊滅状態の元携帯を取り出して、忙しいと言う彼のために早口で事の次第を説明した。
いきなり襲い掛かった少年のこと。
大破された携帯のと店のこと。
それから弁償はここにと言われたこと。
適当ではあるが簡潔にそれを話すうちに、男性…土方さん?の顔色がどんどん青褪めていくのが分かった。
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