jam

□レテの深界に沈没
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「…だ、大丈夫ですか?」

「あ、あああああ絶好調だもも問題ねェよなァザキ?」

「はははははい勿論です副長」

「………」



何だこれ明らかに動揺してんじゃねーかァァ!
二本目の煙草にライターを点ける手さえ覚束ないらしい。
カチカチと何度か火打石を打つも、珍しいマヨネーズ型?のそれは火を灯すことはなく。



「あの、ちょっと貸して下さい」



正直見ていてイラッとしたので、思わず手を伸ばしてライターを手に取った。
土方さんが咥えたままの状態で煙草に火を入れる。
キャバ嬢の友人の真似事をしていた事があるから、これくらい手馴れたものだ。



「はいどうぞ」

「…あ、ああ悪いな」



席を移動しライターを返せば、ぽかんとしていたその人も我に返ったようだ。
溜め込んでいたらしい大量の紫煙を空中に吐き出すと、改めて土方さんは私に向き直った。



「その話だがな」

「はい」

「その…栗色の髪の野郎ってなァ、恐らくはウチのモンだ」

「ええまあそうでしょうね」

「人物の検討もつく。携帯のことはそいつに弁償させる…が、」



青い顔で煙草を手に持ち、頭を抱えるような仕草を見せる。



「今奴ァ外出中でな。普段の公務ならまだしも、重役からの命令で…その、」

「お見合いに行っちゃってるんですよ」



言い辛そうに言葉を濁した土方さんに代わり、お兄さんが口を開く。
新しいお茶を淹れてくれたらしく、どうぞと渡された茶器からは温かい湯気が…ってアレ?



「…お見合い…ですか?」

「ああ」



ちょっと待て。
私何か、重大なことを忘れているような。



「…オイ?どうかし「あああああああ!!!!」



いきなりガバリと立ち上がった私に、土方さんは驚いて伸ばしかけた手を引っ込めた。



「どどどうした」

「お見合い!すっかり忘れてた!」

「は?」



携帯のことで頭が一杯だったものだから、今日何のためにこんな格好をしているのかコロッと忘れていた。
時計を見れば既に2時を回ったところ。
サーッと血の引く音がした。



「ああああああのう!」

「おわ!?」



藁にも縋る思いで土方さんの手を取る。
半ば押し倒すように圧し掛かったので、私なんかより背の高い土方さんの顔を見下ろす体勢になる。



「…な、おおおおま」

「図々しいのを承知でお願いします、私をお見合い会場まで連れてって下さい!」

「…はァ!?」



始めこそ混乱し顔を赤らめていたその人だったが、私の言葉を聞くなり素っ頓狂な声を上げた。
そりゃそうだ。見ず知らずのクレーマーとも取れない女が、いきなりこんなことを頼んで来たら誰だって驚くに決まっている。



「送って下さったら携帯の件は水に流しますから!」

「よーし山崎パトカー一丁!」

「ええええ!」



兎に角何が何でも急がなくちゃ!

無理行って出してもらったパトカーに乗り込み目的地を目指す。
どんな心境の変化か送迎を快諾(?)して下さった土方さんは、その上運転手も買って出てくれた。



「会場ってなァどこだ!」

「え、えっと確かターミナルのレストランとか…」



速度を増すパトカーが正午の街を駆けて行く。
街ゆく人を跳ね除ける勢いで通り過ぎる白と黒の車は、何と5分もしないで目的地へと私を運んでくれたのだった。





「…あ、ありがとうございまし…うおえッ!」



…到着したのはいいものの、如何せん酷い運転模様だったので車酔いが酷い。
土方さんは全然大丈夫そうだってのに…やっぱおかしいよこの人。



「気にすんな、今回は悪かったな色々と」

「い、いいえそんな気にしないで下さい」



ちょっと呂律が上手く回らなかったけれど、何とかお礼を言うことが出来た。

ふらふらする足取りでお辞儀しつつ内部へと走る。
その後ろでパトカーに乗ったままの土方さんが、訝るように煙草をふかしていたことを。



「…ターミナルのレストラン…」



私が知る由はないのであった。



「…まさか、なあ」
















Thanx:夜風にまたがるニルバーナ
(080525)

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