jam

□レテの深界に沈没
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振袖を捲くり、はしたなくも裾をからげて大通りを走る。
ただ事ではない私の剣幕に道行く人は好奇の目を向け、立ち止まる者は道を空ける。
「見ちゃいけません」とかありがちな台詞が端から聞こえて来るも、携帯粉砕の痛みにくらべたらこんなもの!



「携帯のうーらーみィィィ!!!」



きっとその時、私は生きてきた中で一番早かったと思う。
風になれた気がしたくらいだもの!





…とまあ当然風になれるわけもなく、北斗心軒から結構距離のある目的地までズカズカと早歩きで驀進するという暴挙をやってのけた私は、到着時にはすっかり息が上がってしまっていた。



「…はあっはあっはあっ」



情けない。
だけどたかだか会社勤めのしがないOLの体力なんてこんなもんだ。

上がる息を整え顔を上げれば、そこにあるのは荘厳な造りの門。
その右側には“特別武装警察真選組屯所”と達筆な文字で書かれた看板が掲げられており、いかにもな雰囲気を醸し出していた。



「…ここが悪の巣窟か」



詳しくは知らないけれど、彼らの黒い噂が絶えたことはない。
3日に一回のペースで新聞の記事を飾るくらいだし、確かこの間はどこぞの茶店が襲撃に遭ったとか。

物凄く他人事に感じていたあの日が懐かしい。
勿論店舗大破に比べたら私の被害なんて大したものではないかもしれない。
だけどこの携帯にはスケジュールから上司のアドレスから、ライフラインとも呼ぶべき全てが収められていたというのに!



「…よ、よし」



ごくりと喉が鳴る。
怒りもこの厳つい門構えを前にしたら段々萎んで来てしまったらしい。
腹は立ちまくっているけども、いきなり入ってって怒られでもしたらどうしよ「あのーもしもし?」

「ぎゃァァァァァ!!!!!」



いきなり背後から肩を叩かれて、私はあられもない悲鳴を上げてしまった。
ていうかぎゃあって、ぎゃあって!
もうちょっと可愛い叫び方があんだろーがジーザス!

恐る恐る振り返れば、私以上にびっくりした様子の男性が立っていた。
さっきの人と同じ(デザインは違うけど)黒い服。
恐らくこの人も真選組の関係者か。



「…あ、あのすいません。驚かすつもりはなかったんですが」

「いっ、いいいえこちらこそ変な声上げてしまって…」



すみませんと頭を下げる。
するとその人は少し慌てたように笑って言った。



「そんな、驚かせたこちらも悪いですし。
それよりうちに何か御用ですか?」

「…あ、はあまあ」



のほほんとした空気を醸し出すこの青年に、背後の門はとてもミスマッチな気がした。
というかこの人…どうして腰に佩いてるのが刀じゃないんだろう。
それともあれが最新鋭の刀なのかな?どうにもラケットっぽく見えるんだけど…



「あ、あの土方さんという方はいらっしゃいますか」

「土方…副長に何か?」

「ふ、副長!?」



その単語を聞いて目を見開いた。
さっきの少年、そんなに私と年違わなく見えたのに!



「その格好…あ、もしかして手紙の方ですか?」

「…は?」



そうですかそうですか。
青年は何を勝手に勘違いしたのやら、がっしと私の右手を掴むなりずるずると引きずり出したではないか。



「ちょちょちょっとォォォ!?」

「何ですか、大人しくして下さいよ」

「いやいやいやいや大人しくってか離して下さいよォォ!」

「今副長呼んで来ますから、ね」



ね、ってアンタ!

とは言え所詮女の力。
抵抗も空しく連行…というか牽引?されるがままになっていた私は、途中片方の草履が脱げてしまったことでそれを諦めた。
だってこんなとこで足擦ったら絶対痛い。



「じゃ、ちょっと待ってて下さいね」



何やら勝手に事が進んでしまっているらしい。
にっこりと笑って襖を閉めたその人は、見るからに上等な客間に私を残し去って行ってしまった。



「…な、何でこんなことに」



いや確かに土方という人に会うためにここに来たんですけれども。
何かとんでもない勘違いが生まれてる気がするんですけど!?

落ち着かない空間で一人縮こまる。
逃げようにも草履落としちゃったし、私は一体どうしたら!










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