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□心臓くれたら許す
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やっぱり、逃げとけばよかった。
整然と並べられた食器やそれに盛られる豪華な料理の数々を目にし、小さく溜め息が漏れる。
そりゃァ所詮は田舎侍の俺にとってこんなメシを見るなんざ初めてと言っても過言ではない。まるで食のアートとでも表現できようこの一皿は、何もなければ大変に俺の食欲をそそるはずだった。
「…はー…」
そう、何もなかったとしたら。
***
あれは確か一週間前、バズーカ片手の巡察を終え夕闇に染まる空の下を鼻歌交じりで屯所に帰った日のこと。
夕飯も済ましさァあとは寝るだけだと伸びをしていた俺の背に、聞きなれた声がかけられた。
「オーイ総悟、ちょっとこっち来い」
障子から半分体を出すようにしながら近藤さんが手招いている。
にこにことした表情は微笑ましくも胡散臭くもゴリラっぽくもあるが、とりあえず何かしら面倒事があるに違いない。本能とも呼べる何かがそう警鐘を鳴らすが、それよりも素早く掲げられた珍しい高級和菓子に気をひかれてしまった。
「何ですかィ近藤さん。漸く土方さんが爆死したかィ?」
箱の装丁からして赤と白でめでたさを強調しているのが分かる。
無遠慮にそれを引き剥がし中身を開ければ、沢山の甘味が顔を覗かせた。(何を祝ってんだテメーはァァ!とか言う土方の叫びは無視の方向で)
「それな、今日とっつぁんからもらったモンなんだよ」
「へェ、どーりで美味いはずだ」
あのオッサン、あんな面ァしてやがる癖に何故か羽振りだけはいい。
警察庁長官ってなァそんなに儲かるものなのか。こないだはキャバクラでドンぺリ三昧の豪遊をしたとかで、キレた奥さんから俺たち宛てに拳銃が届けられた。いつぞやの如く「死んで詫びろ」というメッセージなのだろう。
まァその後どーなったか気にしていなかったわけではないが、こんなモンを届けられる辺り無事ではいるんだろう。
もぐもぐと3個めの饅頭を咀嚼しながら頷けば、そうかと言って近藤さんの笑みが一層深いものになった。
「じゃあ総悟、了解してくれるんだな!」
「はあ?」
ずいっと身を乗り出し目を輝かせた近藤さん。
全く脈絡のない言葉に、俺は思い切り眉を寄せた。
「ちょ、あんま近くに寄らねェで下せェ。何かくさっ、ゴリラくさっ!」
「え?何ゴリラって?俺のこと?ねェそれもしかしなくても俺のことォォォ!?」
「うるせーよ近藤さん」
おんおんと泣き出した近藤さんを横目に、脇に座っていた土方さんが紫煙を吐いた。(アンタはヤニ臭いでさァ)
そしてぱちりと俺と視線を合わせるや、意味深な笑みを口元に刻む。
嫌な予感がする。そしてそれが確信となって俺に危険を知らせるまで大した時間はかからなかった。
「期日は一週間後、ターミナル内のレストランにて」
「…だからそりゃ何の話で「見合いだよ」
こともなげに発されたその単語に、俺は思わず目を見開く。
「…見合い?誰が?誰と?」
「お前が、俺らの上役と手ェ組んでる会社のモンと」
態々分かりやすく言葉を切って言うソイツに、未だかつてないほどの殺意が湧いた。
何だって俺がそんなことを。
「知るかよそんなん。ただ年の頃がちょーどいいのがオメーだったんだと」
「お前ももうそろそろ成人だしなァ。身を固める心積もりでいてくれれば俺らも安心だ」
いつの間に復活したのか、近藤さんも加わってガッハッハと大口で笑った。
…いやいや、安心って何が。
大体俺みたいないつ死ぬとも分からんヤローに見合いなんざ、
「…断って下せェ近藤さん。俺ァ生涯女を娶る気はねェんでね」
真っ直ぐに見据えて言うが、近藤さんは反して眉間に僅かに皺を刻むだけ。
どうやらこの答えが気に入らないらしい。
「またお前はそんなことを…父親代わりとして、それじゃァ面目が立たねェんだよ俺ァ」
「そんなこたァありやせん。俺は真選組の隊士でさァ。
戦場に生き戦場に死ぬ。それだけの未来があれば十分だと思いやすが」
本心をありのまま語れば、嘆息して目を合わせる大人二人。
こういう時、ずっと一緒にいたはずのその人たちとの間に何か距離を感じるのだ。
「…なァ総悟。俺たちはお前に誰より幸せになって欲しいと思ってるんだ。
そりゃ真選組にお前を引きずり込んだのは俺たちだし、いずれそうなる覚悟も持ってもらわにゃ困る。
だけどな、愛する女と一緒になってガキ作って…お前が一人の男として普通の幸せを手に入れて欲しいと思うのも本当なんだよ」
「…近藤さん」
ちらと視線をやれば、いつになく穏やかな眼差しで土方さんも頷いている。くゆらせる紫煙ですら、何だか優しく空間に溶けていった。
「頼むよ総悟。別に結婚しろと言ってるわけじゃァない。
ただこういう幸せもあるんだって、それを感じるだけでいい」
「………」
なァ、と、まるで縋るような視線で俺を見つめてくるその人。その背後で何も言わず見守るように腕を組む人。
…あーァ、大人ってな、マジでずるい奴らばっかりだ。
「…わかり、やしたよ…」
***
…と、まあそんなような感じでことは運び、俺が頷くと同時に近藤さんは涙を流して舞い踊った。
どうやらこの件を俺が了承しなければ、漏れなく切腹の危機だったらしい。…まさかあれ全部演技じゃねーだろーな。
取りあえず良かった良かったと頭をぐしゃぐしゃにする豪腕ゴリラを投げ飛ばし、その日は就寝。
当日面倒だったら逃げればいいし、最悪本性見せてブチ壊せばいい。
考えてみりゃ大した問題じゃねェと思い目を閉じ、やって来たのが今日だったのだが。
「…遅いな」
ぽつり。隣に座っていた強面の上司が低く呟く。
するとその正面に座っていた男が方をビクつかせ、額に滲む脂汗を手持ちのハンカチで拭っていた。
「…とっつぁん、その顔でんなこと言ったら相手がビビりまさァ」
「んだとガキんちょ。俺ァこの顔で数多の客を相手してきた男よ。男が勝負って時に面ァ引き締めねーでいつ引き締めるんだ」
「アンタの場合客が違うだろィ」
どうせ凶悪犯なんかの自白を迫る時の話をしているんだろう。
そうだとすれば現状にこの人がいるのはこの上もないお門違いだ。つーか何でこのオッサンついて来たの?
「申し訳ありません松平様、当方でも今手を尽くしておるのですが…何分内気な者でして」
「そーなんですかァ。そりゃァ随分と奥ゆかしいお嬢さんですなァ」
そしてとっつぁんとは逆…俺の左隣に座るのが近藤さん。
この人ここに来てからもっさもっさメシ食ってるだけなんだけど。しかもその間に話を進めるモンだから、米粒やら何やらが飛ぶんだけど。
一体何枚目になるか分からないライスのお代わりをもらいえらく上機嫌だが、ここをファミレスか何かと勘違いしてんなら早急に帰って欲しい。
「(…にしても)」
向かい合いに三席、合計六席ある椅子のうち俺の正面だけがぽっかりと空いている。
そこは普通なら俺の見合い相手とやらが座るんだろうけれども、何があったのか連絡がつかないのだとか。
再三携帯に電話するもずっと圏外の状態にあるようで、約束の場所まで使者を飛ばしても影も形も見当たらないらしい。
「…はーあ、」
また一つ、何度目とも知れない溜め息が小さく零れる。
いい加減いい子面してんのも疲れた。
今日は昼ドラ“ベルサイユのぼたんとバラ”の再放送(しかも最終回)なんだ。録画は山崎に頼んだものの、こんなことなら帰って直に見たいものだ。あーあ、マジュ様が俺を呼んでるっつーのに。
「(俺は素性も知れねェ不躾女を待ってる、と)」
仕事と割り切ってもやっていられない。
大体何時間遅刻するつもりなんだ、いつまでこんな脂ぎった親父の面を見ていろと。
これで大したことのねェ女だったら、バズーカの一発もお見舞いしてやろう。
あん?朝刊の一面?そんなん知るか。
心臓くれたら許す
Thanx:隻眼
(080822)