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□彼の憂鬱に(チェックメイト)
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ぶらぶらとターミナル内をふらつくこと十数分。
大した店もなくただっ広い空間が続くワンフロアにうんざりしかけた頃にそれは起こった。



「……は、……んだ!」
「…べを………がな!」


「?」



何やらどこからか怒声のようなものが聞こえる。
思わず耳を済ましその発生源を探るとそれはどうやら階下の出来事であるらしく。

のたのたと長い廊下を横切り金色の手摺に手をかけると、一層その声がはっきりと聞き取れるようになった。



「わああああんママァ――――!」



見下ろせばそこには入って来た時に通った一階のエントランスホール。
吹き抜けになった高い天井は天をも貫くんじゃないかというくらいで、そこには燦然とシャンデリアが輝いていたのを覚えている。まあ、いまやそれは俺がいる階よりもやや下に位置しているのだけれど。(だってここ8階とかだし)

俺のいる階に人の姿は見えなかったが、どうやらそれなりにギャラリーは集まっているようだ。
下の階では見物なんだか身を乗り出す馬鹿野郎共と逃げ出そうと走り回る奴らでごった返している。まるで大バーゲンのセール会場さながらだ。



「ふうん…強盗ってヤツですかィ」



受付を背に中央に立ちはだかるのは黒尽くめ(何か一人赤いけど)の集団。そのうちの一人は人質なのか女のガキを連れている。
そいつらを取り巻くように人の波がドーナツ状に形成されており、前の方には何やら人の名を叫ぶ女がいた。恐らくあのガキの母親だろう。

一応言っておくが俺はこれでも警察だ。しかしだからと言ってこういう時に正義感熱く飛び出してやるような熱血漢ではない。



「面白そうじゃねーかィ」



暫くは高見の見物を決め込んでやろう。そう考えた俺はふてぶてしくも手摺に肘を乗せ頬杖を突く。
まあ本当にヤバいとなったら飛び出してやるか、頭の端っこでは小さくそう考えてはいたけれど。(ってヤベ、ここ8階じゃん)


と、暫く様子を窺っていると群集に変化が現れた。現れたというか変化せざるを得なかったと言う方がいいか。

エントランスの回転ドアがくるりと開き、そこから転げるように飛び込んで来た存在があったのだ。
それに驚いた者達が無意識に道を開け、そいつは飛び出したままに犯人の前に転がり出てしまったわけで……



「…何だアレ」



いきなりのことに状況が飲み込めていないのか、恐らく女と思しきそいつは人だかりの先頭に踊り出るなり完全に硬直した。
そりゃそうだ。まさかこんな幕府の中枢機関でテロ紛いの行為が行われているなんて思いもしなかったんだろう。

しかし何よりも目を引いたのは女の服装である。
これだけ人がいるというのに何よりもぱっと目を引きつける赤い振袖。遠目だからよく分からないが、何故だか所々ボロになっている風でもある。

大丈夫かあの女。ここを仮装パーチーの会場か何かと勘違いしてねーかィ。


空間にはただ女の振袖と犯人の(恐らくリーダー格である)一人が被る赤い覆面だけが浮いて見える。
上空から見ているからこそ言えることだが、何だか色も似ているしプチペアルックのようだ。趣味悪ィ、すげー笑える。

ぶくくくと零れる笑いを隠そうともせず口に手を宛てていたが、その女の介入により事は一転し始めた。



――ジャキッ!

「!」



犯人が、拳銃を取り出したのだ。

途端フロアは阿鼻叫喚の地獄絵図に描き換えられる。距離を取ろうと必死に逃げ惑う人々、腰が抜けて動けなくなった者。
それを見て犯人はどう思ったのか、銃口を突如現れた女に向け出した。女の硬直が一層酷いものになる。



「貴様何者だ!防衛軍か!?」



何やら激昂したように犯人が叫ぶのが聞こえる。
内容は兎も角得物はマズイ。何とかしねーとと漸くそこで頭が回転し始め、しかし自分が丸腰であることに気付く。



「チッ…」



舌打ち交じりに悪態を吐くが、そうしていたってこの手に愛刀が戻ってきてくれるわけでもねェ。
あーあ、音楽再生機能とかコロコロだけじゃなくて、呼んだら刀の方からすっ飛んでくる金斗雲的な機能ってつけられないモンかねェ。


長い廊下を走り抜けるとエレベーターホールに辿り着く。しかし上部に表示される階はまだ4階と非常にちんたらしており、ただでさえ苛立っている俺を更にイライラさせた。



「チクショーこののろま!」



怒りの証明としてボタンを連打してやったが、それでエレベーターの速度が上がるなら誰も苦労しない。
きょろきょろと視線を彷徨わせ左手奥に階段を発見。面倒だがエレベーターを待っている時間はない、はず。迷う暇もなく俺は袴の裾を絡げて走り出した。

確か刀はレストランの入り口に預けてあったはずだ。
レストランの景観を損なわないためとか何とか抜かしてやがったが、だったらとっつぁんの拳銃はどうなるんだ。景観どころの騒ぎじゃなくなるから、もっと身体検査を徹底するべきではないだろうか。


バタバタと慌しく走り込んだ俺に、入り口付近のフロントにいた男(恐らくスタッフ)がぎょっと目を見開いた。



「ど、どうされましたお客様?ご気分が優れませんか「いーから、俺の、刀っ!」



邪魔臭い紋付袴を纏ったまま5階(しかも一階分が無駄に長い)を駆け上るのは流石の俺でもキツいものがあった。
情けなくもゼイゼイと息を切らし、膝に手を突いてしまったがここで野郎とすったもんだしてる余裕はない。「兎に角刀」と叫べば一瞬男は怯んだようで、預かり札と交換に恐々刀を持ち出して来た。



「こ、こちらでよろしいでしょうか」

「ああ、これでィ」



男はもしかしたら刀と言うものを初めて持ったのかもしれない。予想以上に重いその鉄の塊におっかなびっくりと言った様子で、しかもそれを軽々と取り上げて見せた俺にまた目を見開いている。
天人の到来から表面上の太平が続いて久しい御時勢、こうして物騒なモンがなくなったのはいいことなのかどうなのか。

腰帯を締めなおしそこにぐっと鞘を差し入れる。
邪魔な羽織は脱いで放り、間髪入れずに再び俺は走り出した。



「…か、カッケー」



そうして状況について来れていない男が立場と敬語を忘れてそう呟いたのに、俺が気付くこともない。





***



刀を差して階段を下り、さっきの廊下へと辿り着く。
どうやら思ったより時間はかからなかったようで、先程と状況は然程変わっていないように見えた。



「みちこぉ――!!」

「うるせェ!」



――ガァン!!!

が、そこで犯人が始めて銃を発砲した。
人に向けてではなく天井に向けての威嚇射撃だったからよかったものの、すっかりギャラリーはビビってしまっている。



「おっかねー世の中だねィ全く」



呆れ交じりの溜め息を吐きつつもその動向を見守る。というかさっきから何やら春日部春日部叫んでいるのが聞こえるが、一体何のことだろうか。

バレない程度に小さく身を乗り出せば、どうやら犯人は今の状況に完全に酔ってしまっているらしい。興奮状態にある時の人間は恐ろしいものだが、やつらにとりあえず警戒心は余りないように見える。



「さァて、どーすっかな」



一階まで降りて乗り込もうか。いやしかしそれでは群集が邪魔になってしまう。何とかして的確に中央に素早く、かつ的確に降りる方法はないものか…

普段大して使わない頭を回しかけたその時、再び足元からわっと声が上がるのが聞こえた。
今度は何だと止められた思考にイラつきながらもひょいと覗き込めば、何やら状況が変わっているようで。



「んん?」



さっきまで人質だったガキがいねえ。否、いなくなってる訳じゃねーか。ガキは解放されて、さっきの振袖女が捕まって………って、



「…何やってんでィあのアマ」



顔も知らない女にこの上もない悪態を吐く。何があったんだか知らないがこれ以上状況を面倒なものにしないで頂きたい。



「女!貴様には神への生贄になってもらわねばならん!」

「いきなり何の宗教ですか!?しかもそのためにってアンタらの祝日を作るために私態々死ななきゃなんないの!?」

「俺は新世界の神だ!」



そうしてよくよく意識を持って聞き耳を立てれば何やらまた訳の分からないことになっている始末。
なーにが新世界の神でィおこがましい。神様語りてーんなら、まずペスノートを3回読んだ後にその覆面をどーにかしてからにするこった。

腰に佩いた愛刀の柄をちゃきりと鳴らす。
その時ふと眼下に“あるもの”があったことに気付き途端脳裏にひらめくものがあった。



「ま、後始末はどっかのマヨラーに任せときゃいいし」



後のことなどお構いなし、それが俺のスタイルってもんで。


――ガチャリ、犯人が女の頭に銃口を突きつけるのが見える。
それとほぼ同時かというタイミングで俺は一足飛びにも金の手摺を軽々乗り越え、8階分の高さから一気に急降下をかました。

狙うはこの真下、燦然と輝くあのシャンデリア。



「ここにいる全員が証人だ、今この場で我らは幕府を屈服させ「へェ、面白そーなことしてんじゃねェですかィ」



着地の勢いで思い切り刀を振り抜く。鋼鉄製のロープで天から吊り下げられていたシャンデリアを一気に切り離すと、ぐらりと傾いだ視界に振り仰いだ犯人が見えた。



「曲者め!正々堂々姿を現したらどうだ!」

「フン…何だチミはってか?そーです私が…」



猛スピードで落ちる世界。
恐れることなくにんまりと口角を上げればそこに映るのは群衆の黒と――









「…真選組ですぅ」










ボロボロになり色をくすませた振袖の赤があった。










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(081013)
Thanx:にやり

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