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□彼の憂鬱に(チェックメイト)
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ちょいとお聞きしてーんですが、神様ってヤツぁそんなに偉い野郎だったのかィ?






――カチリ。高い天井に響く緩やかなクラシックに混じり、遠くの壁時計がまた一つ小さく前進する音が聞こえた。
時刻は既に約束の刻限を3時間以上過ぎたところ。

ちらりと出入り口に目を向けるもそこから件の女らしき人物が現れる気配はない。
「内向的な奴でして」と脂汗混じりに弁解する目の前のオッサンたちもそろそろ怪しいかもしれない。何でってホラ、隣でこわーいオジサンが懐に手ェ突っ込み始めてるからねィ。



「…とっつぁん、ここは禁煙ですぜ」



機転を利かせたわけではないが、あからさまにイライラを露にする危険人物もとい上司に小声で声をかける。
突っ込んだ懐から出てくるのは重い煙を吐き出す白い筒ではなくどちらかと言えばもっと重厚で黒いブツなんだろう。分かっちゃいるがここァ一応公共の場。しかも金持ちばかりが集うという高級レストランなんだから、そんなもん出された日にゃあ俺らの首が危ねェ。

こんな所に来て知る意外に常識的な自分の一面に関心するが、いい加減俺も飽きた。
さっきまでは一応それなりに外面を保とうと頑張ってやっていたが、そろそろ我慢も限界というところだろう。


行儀が悪いと知りつつもやけに背もたれの長い椅子の前足の部分を軽く浮かせるように体重をかける。
すると豪奢な装飾のそれはギィィと情けない声を上げ、しかも周りが静かなもんだからそれが一層空間に大きく響いた。



「…遅ェ」



そしてそんな重苦しい空気の中、声を発したのは意外にも俺の左隣の人だったりするわけで。



「…近藤さん」



さっきまで運ばれる料理に舌鼓(というかこの人の場合は鼓なんて可愛らしいもんじゃない)(和太鼓とかそんなんだ。しかもものっそデケーやつ)を打っていたその人が、今や顎の前で手を組んで神妙な面持ちを保っている。
普段はヘラヘラしているその顔からは想像できないほどの真剣な光の籠もった眼差しで、近藤さんはただ一点を見つめていた。
それはどこかと言えば俺の向かいの空席でも、遠方の時計でもなく――



「すいまっせェェェェん!あのォ、スープのお代わりがまだなんですけどォォォ!」



そうして叫ばれたのはあまりにもその場の空気を崩すに足る一言だった。
ああ近藤さん。アンタはずっとそのまんま、変わらねーでいて下せェ。(棒読み)

すっ飛んできた(いい加減迷惑そうな)ウェイターと何やら問答を繰り広げる近藤さんはさておき、俺は再び目の前の空席に視線をやる。


一応、相手方は上層部と提携を結ぶ大企業であるらしい。故に立場から言えば下なのは俺たちのはずで。
迂闊におじゃんにも出来ない話だからまあそれなりに立場のあるとっつぁんなんかが同伴されたのだろうが、それにしたって何だってんだ。

はあ。腹の底から吐き出されるような溜め息がテーブルに乗っかる。
すると相手方も焦りを隠しきれなくなり背後に控える数人の部下たちに代わる代わる怒声交じりの命令を下すのが聞こえた。(ったくやだねェ縦社会の住人ってなァ)


ぎしぎしと悲鳴を上げる椅子などは構いもせず思い切り仰け反って天井を仰ぐ。真選組の屯所なんかよりずっと高いそこにはキラキラと眩しく輝くシャンデリアが設置されていた。
確か先日屯所宛にも節約の令が出ていたような気がするが…



「(こんなんは、ハシタ金に過ぎねェってか)」



光の乱反射でずっと眺めていると目を潰しそうなそれ。屯所の安っぽい蛍光灯を見慣れている俺にはとてつもなく大きな太陽のように思えた。
そして反面、心底反吐が出るような思いにも駆られていた。こんな所でただ一人の女を待っている俺にも、待たせている女にも。


――ジャコン
と、思考に耽っていると今度は右隣から物凄く物騒な音が聞こえた気がした。



「…とっつぁん」



俺のことを散々ガキ呼ばわりする割りに、このオッサンは中々どうして忍耐力と言うものがない。
さっきの音だって恐らく懐の拳銃の安全装置が取り外された音だろう。顔を見ずともイライラが最高潮まで高まっているのが手に取るように分かった。



「…おーい、お前さんらよォ」

「ひ…ッ」



俺の小声の制止は既に耳に届いてはいなかったらしい。
右腕を紋付小袖の合わせ目へと突っ込んだまま左腕を机の腕に載せる。綺麗に敷かれたテーブルクロスにはお陰で妙な皺が寄ってしまう。



「そっちにも面子ってモンがあんだろーから黙ってたけどよォ。もーいい加減オジサンも我慢の限界ってやつなんだよねェ」

「ま、松平様…っ」

「いくら格下の狗共にだってよォ、取られるべき礼儀ってものがあんじゃねーのかァ?ええ?」



最早怒りを隠そうともしていないとっつぁん。ちらちらと懐から葵の紋所(付きの拳銃)をちらつかせる様はどこから見ても悪の親玉だ。
一体誰がコイツを警察庁の長官なんかにしたんだか。全く人を見たら泥棒と思う世の中なんて淋しすぎまさァ。(とっつぁんの場合泥棒なんて可愛いモンじゃねーだろうけど)

チンピラ紛いの剣幕に相手方もすっかり震え上がってた。
ぶくぶくと脂肪に塗れた体にぶわっと冷や汗を浮かべ、目は可哀想なくらいに泳いでしまっている。



「はあ…」



本当に、面倒臭い。

腹の底から空気を吐き出すように溜め息を吐けば、右手付近に置かれていた不健康そうなジュースの水面を小さく揺らした。俺はそれに気付くとむっと眉を寄せ、オレンジ色の液体が注がれたグラスを遠くに押しやる。
周りは皆ワインやらシャンパンやらを飲んでるってェのに…これだから公共の場は嫌いなんでィ。


というかよくよく考えてみればムサい男が5人も雁首ならべてテーブルについてるなんて、物凄く恐ろしい状況じゃないのか。服装や状況から見て見合いと分からなくもないだろうが、それにしたって女っ気がなさ過ぎる。
しかも今となっては見合いというよりも保護者つきの取調べのようになっていて(全ては右隣のオッサンのせい)、その空気たるや俺が今踏みしめている豪華な毛足の長い絨毯を簡単に減り込ませてしまいそうなほどだ。

途端に馬鹿らしくなった俺は誰に断りを入れるでもなく音を立てて立ち上がった。
不遜な態度は本当だったら説教モンだけど、今回ばかりは相手もわきまえるべき立場があるのだろう。



「?どうした総悟」

「おっ、沖田様?」



もう面倒だと判断されたのか、近藤さんはさっきからライスを皿ではなく櫃のようなもので食べさせられている。それを見やってうわあと嫌悪の表情を惜しみなく繰り出すが、その人は俺の意図に全く気付いていないご様子。(てゆうか高級レストランで櫃が出るって…)

俺が怒り出したとでも思ったのか、相手方もオロオロと立ち上がった。うるせェな。テメーらに呼ばれる名は持ち合わせてねェ。



「…ちょいと厠に」



本当は帰ってしまおうかとも思ったが、それでは近藤さんの顔が立たない。仕事と割り切った以上全うしてやろうと珍しく思っていたところだったので、不承不承にも適当な言い訳をその場で述べた。

すると相手は「そうですか」とあからさまにほっとした表情をしてみせる。
何でィ。こんな年下相手にビクビクしやがって、そんなにへつらって生きて楽しいもんなのかねェ。



「(まあそれに甘んじてる俺も俺だけど)」



近藤さんにとっつぁんが暴走しないように一言言おうかとも思ったが、気付けば俺がとっつぁんを制止する言われもない。今までは己が身に災難が降りかかるやもと懸念して声をかけていたのだが、暫く抜け出すとなればもうどうでもいい。
死なねー程度に暴れちゃって、くらいの勢いで後ろ手にヒラヒラと手を降る。

さァて、出口はどっちかな、と。











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