サンブン
□オボロヅキ
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季節を忘れた霞が夜闇に紛れて地を這っている。見上げた満月には薄雲が掛かり、その朧な輪郭さえ掴めない。
居酒屋を後にしたイヅルと恋次は、先に帰る射場の背中をしばらく見送ってから、酔い覚ましにと夜風に身を晒していた。
だらだらと歩きつつ、終始うつむきがちなイヅルに恋次がチラと視線をくれる。
「おまえさぁ〜…」
口ごもってから、恋次はなるべくさらっと聞こえるよう一息に言った。
「どうせまたウジウジ悩んでんだろ。あー、天貝隊長っつったか、新しい三番隊の隊長。んなに我慢出来ねぇほど嫌なヤツなのか?」
一瞬、薄黄色の眉がぴくりと動く。それから、イヅルは慌てたように手を振って笑って見せた。
「そ、そんなことはないよ!天貝隊長はとても素晴らしい方で、戦闘の連係を高めるために新しい訓練も実施なさっているし、失った三番隊の信用を取り戻すために一生懸命で…」
そこまで言ってから、はたと気付く。
天貝隊長の評判はもちろん恋次の耳にも届いているはずだ。なのに、何故天貝隊長を貶めるような言葉を言うのか。
不意に聞いてみたくなって、ぽつりと、イヅルは恋次に問うた。
「あのさ、阿散井くん。僕って…市丸隊長に似てる?」
「いや、全然」
即答されると返す言葉もない。乾いた笑いだけが、やけに虚しく響いた。