GIFT

□promise for life
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「………え?」

飲み込ませるようにゆっくりと。
言い切れば、その琥珀が徐々に見開かれて揺れた。

「それって…どういうこと…?」
「そのままの意味だ。貴様が生涯我が輩の謎解きに協力することが、我が輩への最高の供物となる。その証拠を見せてみろと言ったのだ」

我が輩は地上では人目を忍ぶ身だ。
謎を喰い続けるためには、そのための盾が必要となる。

しかし、それはどうやらどの人間でも良いというわけではないらしい。

何故かまでは解明できていないが、このワラジムシが探偵役でなければならない。
そうでなければ、謎の美味さまでもが半減してしまうように思えるのだから不思議な話だ。

「証拠…」
「そうだ。強制することならばいくらでも可能だが、それでは意味がないのだ。貴様が自分の意思でそれを体現して初めて、我が輩への『プレゼント』となりうるのだからな」

そう。
これは『約束』などではなく『契約』なのだから。

互いに了承した『証』がなければ成立しない。

「…わかった…」

俯いたまま、しばらく沈黙を通していたヤコが小さく呟く。
ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、声音からは確かに強い意志が聞いて取れた。

導かれるように下を向けば、声音と違わず意思の篭った琥珀の輝き。

思わず見惚れるように眺めていれば、我が輩の首にその折れそうに細い腕がするりと絡み、琥珀に映った自身の仮初めの顔が、僅かに驚愕の表情を見せた。

それは一瞬の出来事。

まるで幻想だったかのように。

ヤコの唇が、我が輩のそれに掠めるように触れて、また離れていった。

首から離れた熱を辿ってヤコを見れば、耳はおろか首までも朱に染めて。
俯いたまま顔を上げようとしないその表情は、しかし想像に難くない。

「こ、これでいい…!?」

僅かに震えた声で、半ば自暴自棄に叫ぶ。

どうやらこれが、ヤコなりの『証拠』だったようだ。

なるほど。
接吻は、古来より『契約』の手段として最も多く使われる手段の一つではある。

理に適ってはいるが、意外であった。
まさかヤコがこのような形で証拠と為すとは。

僅かにその感触の残る己の口唇に舌を這わせる。

なんと甘い…。

口内に広がるありえないはずの甘味に、自然と口角が上がった。

「は、初めてだったんだからね!?ちゃんと…その…責任とってよ!?」

やっと上げたヤコの顔は、見事なまでに赤く茹で上がっていて。
その様に更に口の端が吊り上がるのを感じる。

「あぁ。いいだろう。貴様のその命尽きるまで、我が輩が最大限有効活用してくれる」

我が輩の言葉に、ヤコはまた俯いて湯気が昇らんばかりに頬を染めた。

このまま赤くなり続けたら、本当に血が沸騰してしまうのではないか。
それはそれで少し興味があるが。

ふと、そのヤコの向こうに、フォークが刺さったままのケーキを見止めて皿ごと手に取れば、ヤコもその存在を思い出したようで、急に機敏な動きで顔を上げた。

「あっ!ケーキ…!すっかり忘れてた!」

その視線はすっかり我が輩の手の内のケーキへと集約され、腕をめいっぱいに伸ばして皿を奪わんとする。

ほとんど無意識にその手から皿を逃がしながら、ある考えが我が輩の脳を過ぎり、思わず牙を剥き出しに笑う。

「ふむ。ではヤコ、我が輩からも貴様へプレゼントをくれてやろう」
「へ?」

理解できずに間抜けな声を出すヤコを他所に、我が輩はフォークでケーキを一口サイズに切り取ると、躊躇せずに口の中へと放り込んだ。

「なっ…!?」

驚きと非難の混じった悲鳴をあげるヤコの後頭部を、己の口元へ押し付けるように引き寄せ、その声音ごと飲み込むように唇を塞ぐ。

閉じた唇を無理矢理こじ開け、少しだけ咀嚼したケーキを流し込む。
飲下を促すように舌を絡ませてやれば、苦しそうに呻きながら我が輩の胸元を何度も強く叩いた。

仕方なく解放すると、少し遅れてごくりと音を立ててケーキはヤコの胃へと下っていく。
仕上げにその唇を舐め取れば、舌に痛烈なまでの甘みが残った。

そのまま至近距離で琥珀を覗き込むと、じわりと涙が浮き上がり、一度は退いた赤が再びその顔に戻る。

「な…なっ〜〜〜〜〜〜〜!?」
「どうだ。美味いかヤコ?この調子で全部食わせてやるぞ」
「え…ホール全部それで食べなきゃなんないの!?」
「我が輩自ら食わせてやろうと言うのだ。ありがたく思え」
「ちっともありがたくないよっ…!この変態魔人!!」

抵抗するのを無理矢理抑えて、その後数時間をかけてケーキ1ホールを全て食わせ終わった頃には、ヤコは半ば気絶してぐったりとソファへ倒れこんでいた。

その横に腰掛け、聴こえるかどうかもわからぬ程の声で、独り言のように呟く。

「貴様が生まれてきたことに感謝するぞ」

あぁ。
誕生日を祝うというのも、悪くないものだな。

なぁ、ヤコ。





END.
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