LOG

□#7『証』
1ページ/1ページ

「ねぇネウロ」

…ヤコが学校から帰ってきて1時間あまり。

山ほど買い込んできた生ゴミは…全て食らい尽くした。

宿題とやらは…そろそろ飽きた頃か。

このタイミングでヤコが我が輩を呼ぶ時は、大抵下らない戯言を言う時だ。

…無視してもいいが、こうも視線が痛くては、おちおち情報収集に集中することもままならない。

「…なんだ」
「”蓄財”してたダイヤって、全部売っちゃったの?」

そら見ろ。

良くも悪くも期待を裏切らない奴め。

「…あぁ。まともに売れそうな物は全て売り渡したな」

全てはあの電人の謎を食うために。

探偵業で得た報酬を換金して蓄えたダイヤは、軍用ヘリ購入のために早坂兄弟へと売り渡した。

「そっかぁ…」
「なんだ。貴様も一人前に物欲でも湧いたか?」
「違うよ。ほら。ダイヤって角砂糖みたいでおいしそうだから…もしかして本当に甘いんじゃないかなぁ…って、考え始めたら確かめずにいられなくてさー…」

所詮、このミジンコにあるのは食欲だけか。

「…ふむ。…ヤコ、手を出せ」
「え?なに?」
「違う。掌ではなく、手の甲を上にしろ」
「…こう?」
「よし」

ちょうど、このワラジムシが学校から帰ってくる直前。

吾代が事務所にやって来た。

我が輩が以前頼んでおいた物を届けに。

「これを貴様にくれてやる」

HALの兵隊と戦った時、スカーフに結わえていたダイヤの幾つかが破損した。

もちろん、そうなっては市場価値は無きに等しい。

軍用ヘリの取引には使えなかった。

だから、我が輩は吾代にそれらの再カットを依頼したのだ。

「え…ネウロ…これ…」
「ふむ。随分小さくなったものだ。…吾代め…腕の悪い職人を捉まえよって…仕置きが必要なようだな」

元のサイズから幾分か小さくなったダイヤモンド。

それを護るように、掲げるように包むプラチナのリング。

慎ましやかなそれは、しかしか細いヤコの指にはむしろ好都合であるかのようにぴたりと嵌った。

「なにを呆けた顔をしている。貴様ら人間は、主人に生涯隷属を誓った奴隷にこういうものを贈るのであろう?」
「生涯隷属って…」
「そういう契約を交わしたではないか」

このセミが、そして我が輩が生まれた日に、ヤコの接吻を以て完了した、我が輩への未来永劫の隷属の誓い。

「まさか忘れたわけではあるまいな?」
「あ…うん。忘れてたんじゃないけど…あれ、本気だったんだ…」
「我が輩が冗談で言うとでも思ったか?」
「そう…だよね…。じゃあ…この指輪の意味もわかってるの…?」
「愚問だな」

そのためにわざわざ吾代を脅して捜させたのだ。

屑同然のダイヤを美しく再カットし、かつヤコに合うリングに加工できる職人を。

「本当は首輪が良かったのだがな。指輪でないと意味がないらしいので断念した」
「断念してくれてホントに良かったよ…」
「しかし残念だなヤコ。これは舐めても甘くはないぞ。いっそ本物の角砂糖で作ってやれば良かったか?」
「…ううん。…これで…これがいい…」
「そうか。ならば良い。…む。なんだ。泣いているのか」
「…っ!泣いてないよ…っ!」
「しっかり泣いているではないか。嘘吐きめ」
「う…うぅー…っ」
「笑えヤコ。貴様は泣くのではなく笑うべきだ」
「…う…ん…。ありがとう…ネウロ…。大切にするね…」
「うむ。そうしろ」

茹で蛸の如く赤く、涙でぐしゃぐしゃの顔でヤコが笑う。

ふはは。滑稽なほどに不細工だなヤコ。

そのような顔、我が輩以外の誰にも見せられまいな。

「あぁ、一つ言い忘れていた」
「…なに?」
「その指輪だがな、外そうとすると指を食いちぎろうとするから扱いには十分気をつけろ」
「なんて物騒な指輪だよ!!」
「貴様がうっかり失くしてしまわないよう、そのような仕掛けを施しておいてやった。奴隷のためにここまでしてやる、我が輩は実に心優しい主人だな」
「余計なことせんでええわーっ!!!」



Fin.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ