GIFT
□promise for life
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「うふふふふ…」
事務所に来るなり、締まりのない顔を更に緩ませて、気味の悪い笑い声を漏らす。
その両手に、何やら白い大きな箱を大事そうに抱えて、我が奴隷はゆっくりとソファへと腰を下ろした。
「えへへへへ…」
「………」
あまりの不気味さに声を掛ける気すら起きずにただ黙って見つめていれば、呑気に鼻歌まで歌い始める。
なんだというのだ。このウジムシは…。
ヤコはテーブルに箱をそっと置くと、バッグの中からナプキンに包まれた皿とフォークを取り出し、手早くセッティングを終えた。
(あの豆腐のバッグの中には、勉学に関係するものなど1割も入っていないのだろうな)
これまでにあのバッグの中から出てきた食器・食糧は数知れない。
ヤコに言わせれば「エコ」なのだそうだが、その真意は火を見るより明らかだ。
「…先程から何を気色の悪い声を出している。耳障りだぞ、このセミめ」
「へっ!?あ…いやぁ、あんまりにも嬉しくてつい…」
いい加減放置しかねて声を掛ければ。
まるで今我が輩の存在を認めたと言わんばかりに驚いた様子で、大袈裟に肩を揺らした。
振り返ったその顔は、眉こそ困ったように下がっているが、その他のパーツは緩みっぱなしで見るに耐えない。
しかしその眉すらも、一瞬の後にまた元のように弧を描き、蕩けそうな顔で箱に頬擦りを始めた。
「えへへ…今日この日のために半年も待ったんだもん。そりゃあ嬉しくもなるよ」
「なんだそれは」
その言葉を待っていたとばかりに、ヤコは眼光鋭くこちらに一瞥をくれて、箱の蓋を勢い良く開け放つ。
中から現れたのは、様々なフルーツが所狭しと飾り立てられたホールケーキ。
その様にヤコは改めて歓喜の声をあげ、恍惚とした表情でケーキを見つめた。
「じゃーん♪王美屋の『フルーツケーキホールインワン』…!全国から取り寄せた各種最高級フルーツを、贅沢にほぼ丸ごと使った超絶品高級ケーキ!半年前から予約が必要なくらい大人気なんだから!」
つらつらとケーキに賛辞を贈りながら、迷うことなくその中心にフォークを衝き立て、ホールごと皿に移す。
「本当は10個は欲しいとこだったんだけど、高いから私の財力じゃちょっと難しかったんだよねぇ…味わって食べないと」
言いながら、フォークを突き刺したままのケーキを舐めるように見つめた。
我が輩が常時飢えているというのに、このミジンコはまったく、配慮というものを知らない。
己の不遇を憂うと、自然と溜め息が漏れた。
「貴様のような悪食が量より質をとるとは珍しいな」
「ん…まぁ…今日くらいは…ね。自分にご褒美ってやつかな」
「今日?今日がなんだというのだ」
訝しんで聞き返すと、コツコツとアカネがペンでホワイトボードを叩く音が響いた。
見れば、『弥子ちゃん、お誕生日おめでとう!』と書かれたホワイトボードの横でおさげが嬉しそうに揺れている。
それを認めたヤコが、照れ臭そうに笑いながら『ありがとう』とアカネに返した。
「…貴様の誕生日か」
「そうだよ」
「…自分の誕生日に自分にケーキを買ってやるとは…貴様も大概寂しい奴だな」
「うっさいなー!ちゃんとみんなにも祝ってもらったよ!」
『ほら!』とバッグの中にびっしりと詰まった大量の生ゴミを見せつけてくる。
学友から貰った物なのだろうが、見事に食糧のみだ。
最早完全にアイデンティティを失った通学鞄に大きな溜め息一つ。