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□卵【たまご】
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「ネウロ、ちょっといいかな」
「ほぅ…入ってくるなりそれか。随分と礼儀知らずなことだな。奴隷の分際で主人を呼びつけるとは」

事務所の扉を開け放したままで声をかけた私に、革張りの椅子に深く腰を据えて新聞を読んでいたらしい魔人は、視線を上げることもせず刃物に変えた手だけを見せてきた。
しかしここで引き下がるわけにもいかず、そのまま無言でトロイの前まで歩み寄り、カバンの中から毛布で包んだ卵をそっと取り出して、机の上に置く。

「朝起きたら私のベッドにコレが落ちてたんだけど…心当たりない?」

魔人はほんの一瞬だけ視線をこちらに向け、次に卵を見たかと思うと、興味なさそうに新聞に視線を戻して鼻を鳴らした。

「フン…貴様のようなミジンコの寝床に何が落ちていようと我が輩の知ったことではないな」
「だってこういう非常識なことって大体あんた絡みだからぁ痛だだだだっ!」
「今日は随分と饒舌なことだな、ヤコよ。呼び出してもいないのに事務所に来たうえにその口ぶり。さぞかし素晴らしい謎を用意して来たのだろうな?」
「痛いっ!頭取れちゃう!謎には謎だけどとにかくその手を放してぇ!」

頭を掴まれたまま至近距離で喚く私に、ネウロは煩いと言わんばかりに顔を背けると、無造作に私をソファへと放った。

「フム…卵か。腹の足しにもならんな」

顔面からソファへ突っ伏したせいで擦れた鼻の頭を摩りながら立ち上がる私のことは全面無視で、魔人の興味は既にトロイの上の卵へと移ったようだ。

「そうかな?結構大きいし、茹でて食べればオヤツくらいにはなるよ」
「貴様の豆腐頭の中には生ゴミのことしかないのかこのワラジムシめが」

魔人は溜め息混じりに一気に言い切って、卵を片手でひょいと持ち上げると、顎に手を添えて何やら唸りながら観察を始めた。
高々と掲げてみたり、逆さにして振ってみたり、叩いてみたり、人差し指の上で回してみたり…。

「ネ…ネウロっ!危ないよ!もし割れたらどうすんの!?」

慌てて制止に入った私の手から逃れるように、ネウロはわざとらしく自身の頭上まで卵を持ち上げる。
元々頭一つ分以上の身長差があるのだから、こうなってしまうと最早私がどれだけ背伸びしようが、ジャンプしようが届かない。
ネウロの場合、更に周到に空いた手で私の頭を抑え込むのだけども。

「我が輩はそのようなヘマはせん。…フム、ヤコ、これは貴様の寝床のどこにあったのだ?」
「どこ…って…私の…足の間に…」

正確には太腿の間なのだけど。
なんとなく気恥ずかしくて俯きがちに言うと、顔を見てもいないのに魔人の笑う気配がした。

「ほぅ…ではコレは貴様が産んだのだ」
「そうそう。まるで私が産んだみたいな…って、えぇぇええええぇ!?」

驚きのあまり顔を上げると、案の定、魔人はその深緑を細め、口の端から牙を覗かせながら笑っていた。
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